見出し画像

『花びらとその他の不穏な物語』 グアダルーペ・ネッテル

惚れた腫れたの酸いも甘いもとりあえずは経験済みで、過去には疼いた傷も今は懐かしく思い出せる。そんな大人が楽しめるのは、直球ストレートの恋愛小説よりも、クセのある珍味のアラカルトのようなこんな短編集かもしれない。

向かいの集合住宅に住む男を、カーテンを閉じた窓の奥から観察し続ける女。
自分と妻とは違う種類の「植物」だと気づいてしまう男。
見知らぬ女性の痕跡を探し求めてレストランの女性トイレを覗き回る青年。
主人公達は、少し“病んだ”人ばかり。そんな彼らが孤独な心に抱え育てる、奇妙な恋の物語だ。

わたしは明かりを一度もつけなかった。足音をしのばせてアパートに入り、暗闇の中でコートハンガーにバッグをかけ、寝室に向かった。カーテンは閉めてあった。夏になって、あなたがむかいの建物に引っ越してきてからずっとそうしている。椅子もずっとそこにある。あなたを見るためだけに使うその椅子が、なぜかしら、幸運をもたらしてくれる気がしている。

相手は存在しているものの、その能動的な参加はほとんどなく、一人称のミニマルな文章が、静かな狂気の動線をたどる。
色彩やその場の情景は細かく念入りに描写されるのだが、主人公の人物像や物語の背景は最小限にしか語られない。そのために一層、彼彼女の精神の襞に入り込んでいくような読感が強まる。

それぞれの物語の舞台は、パリ、ローマ、東京と、全く違う場所で、削ぎ落とされたようなあっさりとした文章なのに、それぞれの土地の香りが濃厚に感じられるのも面白い。余計な背景説明がない分、登場人物の名前や地名といった固有名詞に意識が集中するからだろうか。

「盆栽」は、どうしても孤独を愛さずにいられない主人公と動的な妻ミドリの破局と、植物園という静かな空間の組み合わせが独特の、物悲しくも心地良い湿度のある作品だ。
「ベゾアール石」は抜毛症とドラッグ依存を抱えた女性が書く日記であり、最後までサスペンスフルで結末が読めない。


著者の作品は、以前に『赤い魚の夫婦』を読んだことがあるが、私は今回読んだ本書の方が読みやすく、好きだと思った。
また、私は本書の短編(の大半)を奇妙な恋愛小説だと感じたのだが、読み方、感じ取り方は様々にありそうだ。「孤独」や「コミュニケーション」を主題と感じる方もいるかもしれない。あなたがどう読むかも気になるところだ。

この記事が参加している募集

海外文学のススメ