見出し画像

『ほんとうの私』 ミラン・クンデラ


ミラン・クンデラの本が好きで、定期的に本棚から抜き取って読んでいる。
最近は、この短い小説を手に取った。

年下の恋人と同棲している、離婚歴のある女性(シャンタル)。最近、体が急にほてったりと中年期の不調も抱え、女としての人生の節目を感じている。
ある時旅先で、彼女はふとしたなりゆきで、恋人の男に向かって心の声をもらしてしまう。
「男たちはもうあたしを振り返ってくれないの」

同じその旅先で、彼女の恋人(ジャン=マルク)は、赤の他人を遠目に彼女と勘違いしてしまった(近づいてみるとそれは醜い老女だった)出来事から、ある強迫観念を抱くようになる。
彼女が、自分が知っていると思っている女とは違う女に、変わっていってしまうのではないか。。。

そして旅行から帰ってしばらくしたある日、シャンタルの元に差出人不明の手紙が届く。
—————「私はスパイのようにあなたの後をつけています、あなたは美しい、とっても美しい」
彼女はこの手紙を捨てようとしたもののやはり捨てられず、クローゼットの下着の下に隠すのだが、その後も手紙は何通も届くようになり。。。

恋人のことが好きすぎるがゆえに変なことを考え変なことをする男と、あらゆることに疑心暗鬼になり、自意識過剰に空回る女。
ちょっと滑稽な2人の、愛の狂想曲である。
手紙を巡る2人の歯車の噛み合わなさに、空気の読めない元義姉まで闖入し、さながらコントのような一幕も。
クンデラらしい人間考察や精神的な論考はこの作品ではあっさりとしたものにとどまり、男女の愛情の悲喜劇、エロティックなファンタジーを自由に楽しんで書いているように思われる。

滑稽な中年男女の喜劇にくすりとなりながらも、ふと曝け出される人間の真理にはっとする。
海辺のリゾート地で、はしゃぐ観光客など眺めながら読んでみたい。

「秘密なものとはもっとも共通の、もっとも凡庸な、もっとも反復的な、そして万人に固有のものなのだ。身体とその欲求、病気、癖、たとえば便秘、あるいは月経など。ぼくらが恥ずかしそうにそんな私的なことがらを隠すのは、それが個人的なものだからではなく、逆に嘆かわしいほどなんとも非個人的なものだからだ。」