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死んだ人が出す音

母とも介護とも全く関係ない話だが、今ちょっとぞっとする気づきがあったので、ここに書き記しておきたい。

2012年から2015年まで、私はシンガポールに住んでいた。
向こうに行ってから家を探す間、2ヶ月だけサービスアパートというところに住んでいたのだが、あとから思うとそこは入ったときから変だった。
日系店舗が多数入っている、在星邦人御用達ショッピングモールの上にあり、便利だからと夫が渡星前に決めた物件なのだが、とにかく暗い。外廊下も、室内も、窓から日光が降り注いでいてもなんか暗い。下に広がる日系ショッピングモールも、奥のほうとか、地下の端っこなんかに店舗が全く入らない、入ってもすぐ潰れるエリアがあり、その辺はいつもうす暗いし気持ちが悪いから近寄らないようにしていた。

私はそこに住んでいる2ヶ月間のうちに、深刻な不眠症になってしまった。夜中は工事してはいけないはずなのに、隣の地下鉄工事現場が、夜は12時まで、朝は4時から工事をはじめ、一日中その音を聞いているうちにだんだんおかしくなってしまった。4時の工事開始の前に大音量でサイレンがなることがあり、伊藤潤二の漫画みたいなシュールさだった。とにかくなんか嫌なところ、だった。

ある日、娘がスクールバスで幼稚園から帰ってきたときのこと。ちょうど3時半ごろで、外は眩しいほどの日差し、娘はかしましくその日あったことを私に話し、私は園バッグから連絡帳やお弁当箱を出しながら話を聞いていた。あっちの家には玄関というものがないから、玄関ドアの前、ダイニングテーブルの橫あたりに座ってあれこれ賑やかにしていたら、

バーーーーン!

と、部屋のなかに、思い切りドアを閉める音が響いた。

私と娘は悲鳴をあげて、おさるの親子のように抱き合った。しかし、そのままにしておくことはできない。どこのドアが閉まったのか、誰かいるのかいないのか、確認しないといけない。私は怖がる娘を剥ぎ取るようにして、音がする可能性のある方を見に行った。

その部屋にあったドアは4つだ。
ひとつは玄関ドア。自分たちのすぐ左側にあったドアだ。残り3つのうち二つはセカンドベッドルームとセカンドバスルームのドアで、それは右側に見えている。つまり私と娘は3つのドアに囲まれた位置にいて、そのどれもが閉まっていたから、可能性は残るひとつ。マスターバスルームだ。
娘が座っていた背後にマスターベッドルームへの短い廊下があり、その廊下の左側全体がバスルームだった。なので廊下の途中にドアがあった。

廊下に顔を出した。
ドアが見えた。
開いていた。

音のしようがない。

昔から、変なものを見ることは滅多にないけどよく音を聞いてしまう。そしてこの手の大きな音は、必ずその場に一緒にいる人も聞く。だから、いわゆる霊能力云々とは違うのかもしれないが、どうも今聞いた音は、その「変なゾーンに入ってる音」のようだった。
どうにもできないのでそのまま放置した。

それからしばらくしたある日。
深夜3時ぐらいに、眠れなくてもベッドに行こうと、バスルームで歯磨きを始めた。

一瞬、足首を掴まれた。

あれ、と思って足を見たけどなにもない。特に世界も変わってない。
実は、音ほどではないが、たまーに、見えないものに体を触られることがある。それなのか?と思ったところですでに何の変哲もない世界なので、そのまま歯磨きを済ませベッドに入った。

また別のある日。
眠れないけどサイレンタイムに入りそうだったのでベッドに入った。するとすぐに、リビングのダイニングテーブルの上に小銭を落とす音がした、気がした。夫が小銭を置きっぱなしにするのだ。
でも、誰が落としたのか?
と思った瞬間、ベッドルームの入り口あたりでコンビニ袋がガサガサいう音がした。
その辺に置きっぱなしにしたバッグに袋が入りっぱなしだったか?ゴキブリ?なんて思ったときにまた、テーブルに小銭を落とす音。さっきより大きい。一拍おいて、カサカサ。やっぱりさっきより少し大きい。ていうか、近い?するとまたキッチンからチャリーン、今いる部屋でガサガサガサ、

ってベッドのすぐ近くで音がしてる!!

というところで耐えられなくなって、明かりを全部つけて夫を起こして安全を確認してもらった。その日は朝まで電気を消さず、カーテンも開け、寝そうになる夫を無理やり起こして朝を待った。こんなにサイレンを待ち望んだ夜はなかった。

そこから引っ越してしまったあと、在星歴の長い園ママにこの話をしたら、私達の部屋が面していた有名な公園が実は、マレーシア、イギリス、日本と歴代統治国の要塞があった場所で、特に日本占領時は悪名高き「憲兵隊本部」があり、拷問にあう中華系シンガポール人(華人)の声が始終響いていて、見せしめに生首が並べられたりしたという、わりととんでもない場所であることが分かった。これは噂じゃなくてすべて事実だ。公園まわりに点在する英語の看板を読んでいくと、ちゃんとそう書いてあった。

ということで、その公園は有名な心霊スポットであるから、公園に面した我々のいたサービスアパートには、霊感の強い人は住まないらしい。
まじかよ。
どうりでなんか暗いと思ったよ。
ああ、あの公園の影響を受けた、心霊物件だったんだな、と、やっと自分のなかで決着した。



日本ではほとんど知られていないけど、日本軍はシンガポールで「華人虐殺」というまことに日本軍的な恐ろしい所業をやらかした。それは中華系シンガポール人(華人)を皆殺しにして中国ゲリラを根絶やしにしようというものだった。
シンガポールが独立して国際空港を立てようと浜辺を掘り返したら大量の人骨が出てきた。ちょうど、第一ターミナルのJALカウンターのあたりだという。それをきっかけに、日本軍が華人を「選別所」と呼ばれるところに集めて、片っ端からトラックに乗せて、そのまま大穴を掘った浜辺やジャングルに連れて行って、撃ち殺してどんどん埋めていったということが分かった。
2015年に亡くなった建国の父であり、天才政治家だったリー・クアンユーその人も、選別所に連れていかれて、こっそり逃げ出して死を免れた。と自伝に書いてあった。

で、
それらの話を文献から拾い集めていたら、虐殺現場だけでなく選別所があった場所も特定できた。
その代表的な場所が、なんと、私達が住んでいた、日系人御用達ショッピングモールのある場所だと。
骨が出てきたのが空港のJALカウンターのあたり。選別所の跡地、憲兵隊本部のあった公園の向かいに大丸ができ、撤退したあとは明治屋の入ったショッピングモールができた。

どういうこと?


でもとにかく、私が怪異を体験したその部屋は、少なからず日本軍に関係した心霊スポットの向かいにある、だけでなく、日本軍の残虐行為と直接関係した場所にあることが分かった。
もしシンガポールにお引越しして、一時的にでもサービスアパートに入る方がいるとしたら、ちょっと調べれば今書いた情報でどこの話か特定できるはずだ。
怖がりな方は避けたほうがいい。

なんてひとネタをシンガポールで仕入れて散々披露したのだが、帰国してもう3年半だ。すっかり忘れかけていたつい先日、夜中に洗面所で歯磨きをしていてふと、足を掴まれたことを思い出した。
そこで急に気づいた。

ドアのしまる音がしたのに開いていたのも、足を掴まれたのもバスルーム。
気持ち悪い音がしたのは、バスルームを挟んだ向こうとこっち。

え?
もしかして、華人虐殺とか関係なくて、バスルームでなんかあった?
もしかしたら、私が霊とか見る人であれば、足を掴まれたとき、鏡に私以外の人が写ってたとか?

えええーーーー!!
と今になって恐ろしくなった。
日本軍の残虐行為の話だったはずが、シンプルな、しかしより身近な心霊譚となって、ネタの鮮度を取り戻したのである。

が、この話を今、長々とここに書いたのは、バスルームについて思いついた、からではない。
今、ほんの数十分前、新たな事実を知ったからだ。

去年NHKでドラマ化されたWEBコミック『透明なゆりかご』の作者の新作として、あちこちで宣伝されているのでご存知のかたも多いと思う『不浄を拭うひと』という作品がある。孤独死のあとなどの特殊清掃を行う人のことを描いた話なのだが、主人公が最初に清掃現場に入ったとき、つい故人に同情したせいで「連れて帰って」しまい、以来亡くなった住人には一切の関心を持たないようにした、という話が載っていた。
その主人公が「連れ帰った」結果聞いていたのが、部屋の中で続くカサカサという音。そしてある日、主人公は違う現場で故人の娘さんから、故人の葬式がうるさかった、という話を聞いたそうだ。
娘さんは言った。


亡くなった人は、音を出す。
ナイロン袋をこすった音っていうのか
くしゃくしゃーって、けっこう大きな音


ナイロン袋=コンビニ袋

あれ?
その音、わたしあの部屋で聞いてない?
足つかんだ人、こ、コココンビニ帰りだったのかな
はははー……

ベッドにどんどん近づいてきた音を放っておいたら、次は何が起こっていたのだろうか?

ところでシンガポールの心霊スポットの話だが、最も有名なのは、観光客なら必ず行くであろうオーチャード通りの中心に鎮座する「高島屋」だ。
どういう謂れがあるのかは、知らない。

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