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母が重い

娘の春休み中、3泊4日で母の家へ行ってきた。
本来ならばこれがいつものペース。
基本は娘の休みに合わせて行く。
冬休みと春休みの間に1回ぐらい様子を見に行って、娘がいる時だけはちょっと滞在が長くなる。
それが、娘がいる今回のほうがいつもより短くなり、前に母にあってから2週間も経っていない。

変わったなあ。

母は孫のことをちゃんと覚えていた。
よかった。
でも、夕方になると娘の写真が私の顔に見えてくるのは変わらない。
緊張すると、どこに電話をかけても私にかかってしまうのも変わらない。
その事態に母は苛立ち、怒る。
私に向かってどう苛立ったか滔々と語る。

私、私、私。
母で窒息しそうだ。

うちは変な家だった。
バカな皇帝のようにやたら君臨する父と、極めて出来が悪く切れやすい弟、ブスで落ち着きなく協調性もない私、恨みっぽくて性格の歪んだ母。この4人が常に「陽性」の混沌のなかにいた。そんな家だ。

父からの暴力は毎日のようにあったが、奇妙で笑える思い出も同じぐらいある。私は父から毎日殴られながら、ごめんなさいと泣くかわりに「児童虐待で訴えてやる!」と怒鳴り返していたし、弟はとんでもない問題を様々起こして切れて暴れて手がつけられなくても、怒った父に追っかけられると泣いて謝りながら逃げ回った。年子の弟と私は凄まじく仲が悪く毎日怒鳴りあい、殴り合い。弟も私も母をバカにしていたので、私達に癇癪を起こす母の怒鳴り声、泣き声、まあもう家のなかが常にうるさくて。元々の声も全員大きいから、ただ話してるだけでもうるさい。誰の話も誰も聞いてないから、皆が一方的に話しつづけて、キャッチボールになってないのに常にうるさい。
誰かが切れたり泣いたりしてないときもある。弟と私がはしゃぐときもあったし、父と海に行ったり、犬を飼ったり、温かな生活もあった。トホホな笑い話もそれなりにある。だから、陰に籠もってはいない。と思う。でも、友人に話すと十分硬直される逸話ばかりだけど。

そんななか、私の関心は常に「最高権力者」の父にあった。年をとって立場が逆転し、私に気に入られていようと常に父が甘えてくるようになっても、父がもう暴君ではなくただの「やんちゃなおじいちゃん」だと思うようになっても、手ひどい裏切りにあって縁を切ろうと思っても、結局は父が好きだったし、死んでしまった今となっては父の喜ぶ顔が見たくて仕方がない。
父と最後に海を見に行ったとき、本当に嬉しそうに空の青を仰いだ顔を思い出すと、無条件に泣けてくる。
弟と母さえいなければ、特に父の晩年は何もかもうまく行った。私はもっと父を幸せにできた。と思ってきた。

けども、気づいてしまったのだ。

自分にとって最重要人物だと思っていた父は、実は弟と強い何かで運命的に結ばれていたのだと。私が結び付けられているのは、母なんだと。
弟は人懐っこいロットワイラー犬みたいな人だ。陽気ないいやつだけど、大きいし臭いしよだれも多いし力が強くて散歩しづらいしすぐ吠えるし切れると人を噛み殺す。生まれながらにそういう人で、弟が悪いわけじゃない部分もたくさんある。ただ父はそんな弟があまり好きになれない「素直な人」で、もしペットを保健所に連れて行くのが許されるように子供をどこかに葬り去れるとしたら、弟を葬ったと思う。実際それに近いこともしたし。その自責の念があるから、40も近くなって引きこもる息子の面倒を見て、借金の尻拭いをし続けた。でも深いかかわりは持ちたくない。弟から逃げたい。けど捨てられない。
結局、末期がんで倒れて以降、全力でぶつかってくる弟を避けることもできずに、弟の手に堕ちてしまった。いや、正確には、「弟と母の手」に堕ちたのだけど。

そして、父が逃げ続けたように、私が逃げ回っている相手、それが母だと気づいてしまった。
父は私を絡め取ろうとはしない。都合よく私を動かしたいだけだ。基本、自分の勝手を通したい。だから父は、私を見ていない。私が父を見ていただけだ。けれど、振り返ってみたら母がいた。そういえばずっといた。気持ち悪くて逃げ回ってきたけど、母は常に私を追っかけていた。私はどんな手を使っても、どんなに母を傷つけても、母を拒絶し続けてきた。

けれど、もうそれも終わりだ。
父が死んで、弟がいなくなって、母と私だけが残った。
なぜ弟がいなくなったかは長くなりすぎるので書けない。けども、弟は父を追っていたのだから、退場となるのが筋なのだ。
そうはいかないのが私だ。若い頃から具合の悪さを訴え続けてきた母が先に死ぬものだと思っていたけど、ある時気づいた。母はきっと長生きすると。
残ったのが父だったらどんなにいいだろうと思うけど、そうはならない運命なのだ。だって母はもう私を捕まえてしまったから。
私には母にたいして強い自責の念がある。
父が結局弟を捨てられなかったように、私も母を捨てられない。何度も捨てようとしたから、もう捨てられないのだ。

父が死んで独居。
さらに認知症とか、ずるいでしょ。
どんだけ強いカード並べて来るのよ。

日に日に消耗していくので、先日ヨガで瞑想ばっかりやったら、最後に出てきたイメージは母のドアップだった。

ああ、こんなに近くにいて、こんなに切実に私を見ていたのか、この人は。

重い。

そんな母に、脊椎圧迫骨折からの膀胱直腸障害という新たな問題が出てきた。これは、やっかいだ。下手すると手術、場合によっては入りたい施設に入れないかもしれない。

運命が、母に罠ばかり渡す。
私をしっかり捕まえておくための、縄だったり網だったり、
とにかくいろいろ。
思えば母は、私を生んで以降、一度だって自立していたことがない。誰かがいないと存在が成立しない。その誰かが、私だ。

もう逃げられない。

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