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エッセイ|第22話 それは発光する宝石のような日だった

聖母子の中で一番好きなのはフィリッポ・リッピの「聖母子と二人の天使」。その絵にであったのは初冬のウィンザーで、けれどその日自体がとても印象的なものだった。

曇り空の下、私は灰色の石畳を急いでいた。と、少し先の角に男の子たちの一団が見えた。同じような装い。近所から来たのだろうか、どの子も白いシャツ1枚だ。下は細身の黒やグレーのパンツだったように思う。

綺麗な子たちだった。白を通り越した青い蝋のような肌。ブロンドだけど、どこかグレーや青が混ざったみたいな陰影がある髪。13~16才くらいだろうか。髪がシャツが北風にはためいていた。

それだけなのに胸を突かれた。少し離れたところから立ち止まって見た。心に湧き上がってきた感情は言い表せない。今だって当てはまる言葉が思いつかない。彼らはやがてどこか気だるげに、けれどあくまでも爽やかに、まるで吹いていた風のように去っていった。

イートン校の坊ちゃんたちじゃない?

友人の言葉に、ああと納得した。嫌味ではない。素直に理解したのだ。きっと旧家の子息たち。あれは彼らの背負っているものが見せるものなのかもしれない、そう思った。

その後、私は向かった先でフィリッポ・リッピの聖母子に出会った。正確に言えば聖母。そこがレストラン脇のショップだったのか、ギャラリーだったのか本屋だったのか、全く思い出せない。けれど少年たちがいた石畳と同じように、そこもまた光量が抑えられたグレーの石壁の内装で、その奥の奥のテーブルの上から、私は重ねられたポストカードを手に取った。

切り取られた構図の中、彼女は一人だった。俯くその横顔があまりに美しく、私は通り抜けていった少年たちと同じ何か感じた。そう、そこだけ輝いていた。

同じような色彩の石畳や街角はある。けれどその日のウィンザーは特別だった。内から発光するようなモノクロの世界は驚くほど鮮やかで、それなのになんともノスタルジックで、なんだか時代をいくつもいくつも通り越して結びついて、何かを見せられているようなそんな気持ちにさせられたのだ。惹きつけられずにはいられなかった。

何でもない日。何でもない街角。けれどとても美しい午後だった。

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