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【エッセイ】第18話 憧れの、世界の英知と輝く海

一度だけ過去に行けるなら、アレクサンドリア図書館を迷わず選ぶ。輝く地中海に集う世界の叡智。どんな書物が積まれどんな人々が語り合い……興味は尽きることがない。ああ、そっと覗き見たい。

初めてアレクサンドリアに行ったのはエジプト研修時の後半だ。気軽な観光。カタコンベとか、ちょっとおどろおどろしい遺物を見たりもしたけれど、漁村の小さなレストランで選んだ魚を食べ、陽光にあふれる浜ではしゃぐ人たちを見て、おおむね平和に過ごした。

本当に不思議な場所だ。海沿いの大通りに並ぶホテルにカフェに宮殿は、一見豪勢ながら置き去りにされた時間を思わせる。疲れた顔をした、色褪せていくばかりのヨーロッパ。しかしなぜかそんな廃れ具合が、この街ではその内に芽吹いたイスラムの熱と相まって、なんともいい具合に仕上がっている。文化の交差点に立っている、それを感じるには実に適した街。私にとって、アレクサンドリアが特別なものになっていくのに時間はかからなかった。

胸壁に腰掛け、風の中で地中海を見る。今もまだ威容を誇るカイトベイ要塞はファロスの灯台跡に建てられたものだ。灯台、その建設はプトレマイオス2世の治世下、そしてそれは図書館の黄金期。

私は知性は宝だと思っている。夢であり未来そのもの。それゆえヒュパテスの死は受け入れがたい悲劇で、力が知性を上回る暗黒時代に飲み込まれていく世界には憂いしかなかった。

そうしてこの地に気の遠くなるような時間は流れ、けれど変わらず打ち寄せる波。地中海の青はアレクサンドリアではさらに複雑な色味を帯びるように思う。ヘレニズム文化にキリスト教、イスラム世界、そして古代の神々。その全てを飲み込み、その全てをさらけ出し、アレクサンドリアという街は他のどこにもない魅力を生み続けるのだ。

現代に復活した新図書館には惜しみない賞賛を贈りたい。けれど私の心にあり続けるものは遠き日の場所。膨大な書物に埋もれ、誰もが自由を謳歌し、熱き思いをぶつけ合った至高の時間。そこに立ち、その空気を感じたいとやはり願わずにはいられない。そして夢を見る。そんな図書館の向こうには、どんな青が広がっていただろうと。

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