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【ストロベリー狂詩曲/修正版】07.無調性の微熱⑪


…………どれぐらい眠ったのか。幸せな夢を見ていたことだけは、脳がぼんやり覚えている。

目を軽く擦って視界をクリアにし、上半身を起こして乱れた髪を手櫛で整え、ルームシューズに足を入れる。オレンジ色の照明を背にドアをそろっと静かに開けて部屋の様子を窺うと、休憩時間に入っているのか、四人はソファーで寛ぎ、雑談を交わしている最中だった。


ティーカップに口を付けたばかりの川嶋くんが此方の視線に気付き、カップを下ろした。

「水無月。大丈夫か?」

「うん」

ふたりの会話が途切れる。言葉では言い表せない変な空気が流れてお互いに視線を外すと、朝倉さんがパン、と両手を叩いて空気を変える。

「疲れたときは、甘い物が脳に栄養を与えてくれるよね。さっ、チサカちゃん、座って座って」

「……はい。先にライト、消しておきます」

スタンドライトを消してからソファーへ移動する。前回と席順は同じでも、紅茶の香りは別の種類に変わっていた。
渋味のある、独特な香り。その右側に甘いお菓子。

答えたチョコレートケーキではなかった。
三角形にカットしたショートケーキが居る。深緑が美しいツヤっとした陶器のお皿に乗っていて、銀色のミニフォークが添えられている。

朝倉さんは苦笑いを浮かべ、私に向かって両手を合わせ、謝りの姿勢をとった。

「チョコレートケーキ、売り切れだったんだ。ごめんね」

「いえ、平気です。有難うございます」

そして今度は右手の人差し指を立てて、得意げに、まるで自分事のように話す。

「忍の実家が喫茶店を経営しててさ、とても美味しいんだよ」

「知っています」

「あれ、そうなの?何それ、ふたりって本当に顔見知り?」

「センセーの頭は年中ピンク色で満開だな」

朝倉さんと川嶋くんは師弟同士で言い合いを始める。小学生レベルの発言が飛び交う横で、桜馬先生は「みっともない」と、横槍を入れた。


◆つづく◆

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