話題のAI動画「Harry Potter by Balenciaga」 から考えるGenerative AIと著作権
2023年3月末、とある動画が大きな話題をよんだ。「Harry Potter by Balenciaga」と題されたその動画では、バレンシアガのランウェイ風にデフォルメされたハリー・ポッターの登場人物たちが次々と映し出される。
バレンシアガのデザインや世界観の特徴をうまく捉えている点が話題を呼び、公開から3ヶ月経った現在は1000万回再生を突破。さらにブランドや作品を変えて類似動画がつくられるなど、あっというまにネットミーム化することとなった。
"Harry Potter by Balenciaga" 動画の法的な問題点
動画を制作したのは、AI動画シリーズを投稿するYouTubeアカウント「demonflyingfox」。以前からAI技術を使い、日本のヤクザ映画風ハリー・ポッターやソビエト風ポケモンといったマッシュアップ動画を作ってきた。
今回の「Harry Potter by Balenciaga」もAI動画シリーズのひとつで、ビジュアルはMidjourneyを使って作成。さらに音声や動きはD-IDというAI動画作成ツールを用いたという。
そのクオリティの高さからまるでバレンシアガとハリー・ポッターがコラボしたかのように見えるが、実は両者とも動画には一切関与していない。つまり、一般に流通しているデータのみで、ここまで「バレンシアガ」と「ハリー・ポッター」の世界観を精緻に再現しているということだ。
バレンシアガとハリー・ポッターの二社は3ヶ月経った現在も特にコメントは出しておらず、今回の件で法的措置をとる可能性は低いと思われるが、ブランドや作品の世界観すらもAIによってかなり高い精度で再現できてしまうという点は、企業にも衝撃を与えた。
今後さらにAIの活用が進むなかで、ブランドやキャラクターの権利はどのように守られていくべきなのか?逆に、ブランドがAIを活用する上で法的リスクをどのように勘案すべきなのか?
三村小松法律事務所の小松隼也弁護士をCEREAL TALK Podcastのゲストに迎え、Generative AIと著作権、AIによる知財の変化について話を聞いた。
──今回AIによって生成された「Harry Potter by Balenciaga」の動画には、どのような法的リスクがあるのでしょうか?
小松:バレンシアガ側とハリー・ポッター側それぞれの視点から見ることができますが、まずは動画タイトルにブランド名・作品名が入っているので、商標権の侵害にあたる可能性があります。さらに、出演者のパブリシティ権侵害の可能性も考えられますね。
バレンシアガが公式に作った動画であるようにも見えるので、誤認を起こす可能性があるという点から訴訟を起こすことはできると思います。ただ、今回の動画はブランドのよいプロモーションになっている部分もあるので、ブランドとしてアクションを起こすことはないかもしれませんが。
──「バレンシアガ風」の服をAIで生成している点は特に問題ないのですね。
小松:バレンシアガの洋服のデザインやランウェイの世界観は、権利として守るのが難しい分野ですね。特に洋服のデザインは、リアルからデジタルデータになったときの権利保護の対象に入っていないため、AIの学習用データとして自由に使えてしまう点が問題になっています。
AIへのインプットはすべて合法に
──過去の製品データやファッションショーのデータをAIに学習させるのは法的に問題ないということでしょうか。
小松:日本においては、AIへのインプットであれば洋服に限らずあらゆるデータを活用することができるようになりました。以前の法解釈ではAIへのインプットは「データの複製」にあたるため著作権侵害の対象となると考えられていましたが、法改正によってAIへのインプットは基本的に合法となりました。データのスクレイピングも問題なく行うことができます。
ただし、これはあくまで国内に限った話で、国によってはAIへのインプットにも規制を課していますし、今後規制が入る可能性もあります。さらに、たとえ日本でインプット作業をしたとしてもアメリカのデータを使った場合はどちらの法律に従うべきか?といった問題も、今まさに議論されている最中です。
──ということは、企業が自分たちのデータをAIの学習データとして利用されたくない場合は、インターネット上にアップしないくらいしか対策はできないということですね。
小松:そうですね。日本においては、たとえ「学習データとしての使用は禁止」と明記したとしても現状では法的拘束力はありません。ただ、この部分も国によって法律が異なるので、日本でも「学習データとしての使用を禁止する法律が必要だ」という方向に世論が動けば、法改正される可能性もあります。
ChatGPTへの注目が高まってから、この半年ほどで急激にAIの活用が増えているので、法整備が追いついていない部分も大きいですね。
ブランドがAIを使う際の法的リスクとは
──逆にブランドがGenerative AIを使う場合、アウトプットされたものが意図せず既存のデザインやキャラクターに似てしまった場合はどうなるのでしょうか?
小松:従来の著作権と同様、まずはアウトプットされたものの類似性で判断されます。生成した主体が人間かAIかに関わらず、最終的に生成されたものの類似性が重要なポイントです。
もう一点、依拠性も争点となります。既存のものをもとにして生成したのかどうか、というポイントですね。Generative AIの場合は、特定のデザインやキャラクターに似せることを意図したプロンプトを入力したことや、実際にそれらがパラメータとして含まれていたことなどが立証できれば、著作権の侵害で争うことができます。とはいえ依拠性を立証するのは難しいので、著作権侵害を主張するハードルは高いかもしれません。
アウトプットに関しては人間によるものかAIによるものかの過程に関わらず、類似性と依拠性をもとに総合的に判断するというのが今のところの大筋です。Generative AIを言い訳にすれば既存のものと似せたアウトプットでもOKというわけではなく、人の手でつくられてきた時代と同様、判例を重ねて基準を作っていくことになると思います。
ただ、Generative AIの生成物に対する裁判例はまだありませんし、そもそも類似性の判断はこれまでの長年の判例をもってしても明確な判断基準をつくるのが難しい分野です。むしろ今後は、たとえば過去100年分の裁判官の判断をAIに学習させて、類似性の判断をさせる、なんてことも起きるかもしれません。
──Generative AIのアウトプットが著作権や商標権を侵害していると判断された場合、その責任はプロンプトの入力者が負うことになるのでしょうか?
小松:まずはプロンプト入力者の責任が追求されることになると思います。しかし、プラットフォームへの責任追及も当然起きうると思います。
例えばOpenAIや mid journeyはAIにどんなデータを使って何を学習させているかをオープンにしていませんから、意図せず既存のものと似たものが出力された場合に、何をもとにして何からインスパイアを受けたのかを説明するのが難しいケースもあります。その場合、プロンプト入力者のみの責任ではなく、プラットフォーム側にも責任が及ぶ可能性があります。
また、類似性に関しては法的な観点だけでなく、レピュテーションリスクもあわせて考える必要があります。たとえば「文化の盗用」は法的に罰せられるわけではありませんが、社会的に強いバッシングを受けますよね。今後はそういったリスクも鑑みながら活用していく必要があると思います。
AIによる生成物に著作権は発生するか?
──Generative AIを使って生成されたものの商標や特許を申請することは可能なのでしょうか?
小松:特許権や著作権、商標権の対象は「人が作ったもの」とされているので、基本的にはAIの生成物は保護の対象外となります。つまり現状では、Generative AIによって生成されたものは誰でも自由に使用可能ということです。
ただし、AIはあくまで手段なので、最終的なアウトプットに対する寄与度によっては権利の対象となる可能性もあります。あくまでAIは補助的な使用にとどまっており、生成物の創造性や革新性は人間によるものである、と主張できる場合ですね。
これは逆にいえば、AIが作ったものだと主張できれば、著作権や商標権が無効になる可能性があるということです。ゆくゆくは、特定の制作物に対してどの程度AIが関与しているかを分析するツールが生まれて、それを使った企業がライバル会社に対して権利の無効申し立てをする、なんて可能性も考えられますね。
──AIに指示を出すプロンプトには著作権は発生しないのでしょうか?
小松:今まさに議論されているところですが、よほどの革新性や創造性がないかぎりはプロンプトの権利主張は難しいのではないかと思います。料理のレシピで著作権を主張するのが難しいのと同じで、そのHOW TOの複雑さや特殊性が争点になるかと思います。
──Generative AIによって、今年に入ってから著作権や商標権、特許権などの知財の分野がめまぐるしく変化しているなかで、知財や法務の仕事は今後どう変化していくのでしょうか?
小松:めまぐるしいスピードで立法も進んでいますし、国内だけでなくグローバルな動きを常にキャッチアップしていく必要がありますよね。特にGenerative AIにまつわる知財の動きはテクノロジーへの理解が必要不可欠です。知財の専門家でも、Generative AIとは何なのかを深く理解していないと対応できないことが増えていくはずです。
また、自分たちの権利を守り、逆に意図せず他者の権利を侵害しないためにも、経営者自身の知財リテラシーを高めていくことが重要だと思います。
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(Cover Photo:Harry Potter by Balenciaga by demonflyingfox)
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