お冷

緊急事態宣言に入ってからまた、夜中の街は一段と静かで寂しさを感じずにはいられない。
いつも深夜までやっている飲食店が20時で閉まるので、行き交う人の量も少なくなってしまった。
どれだけ飲食店が、街に影響を与えていたか改めて感じているし、街に・人に活気を与えてくれる飲食店には本当に頑張ってもらいたい。

と言うのも、私自身も地元のファミリーレストランでアルバイトをし、本当に大変だったからだ。

高校まで進学校に通っていた私にとっては、初めてのアルバイトだったが、地元の駅に近いと言う安易な理由で飲食業を選んでしまった。
面接は店長が対応してくれ、非常に紳士的な口調で好感を持ち、初めての労働に胸を踊らせたのを覚えている。

そして、初めての勤務日、偶然同じ大学に通う先輩もいてその人が教育係になった。
はじめはお茶だしや、テーブル拭きなど、絵にかいたようなルーティーンワーク。
繰り返し繰り返し、同じ作業を繰り返した。
そうこうしていると、お客さんから「お兄ちゃん、お冷2つちょうだい」の声。
ルーティーンワーク以外の初めての仕事、お客さんとの初めてのコミュニケーション。
これぞ接客!心のバイタルサインは急上昇。生きている!社会の役に立てる!私は意気揚々とお冷を持って行った。

ところがおかしい、そのお客さんの目が点になっている。
正露丸みたいな目をして驚いているあの光景を今でも忘れない。

大急ぎで駆けつけてきた店長が謝っているのをみて理解したのだが、私は「お冷2つ」ではなく「冷酒2合」を持って行ってしまっていたのだ。

裏に戻ると店長から、胸ぐらを掴まんばかりの勢いで怒られた。
自分が怒られるだけならまだしも、「おい!こいつ、お冷頼まれて、冷酒持っていっとんぞ!どういう指導しとんねんっ!!」と、教育係の先輩がめちゃくちゃに怒られている。
その日ずっと教えてくれていた店長が、日本新記録とれそうなほど鮮やかに自分のことは棚に上げていて、私の目も正露丸になった。
その後の記憶は真っ白な光に包まれているが、バイト仲間がみな優しくて救われた事だけは覚えている。

初日でいきなり店長の本性と飲食店の厳しさを知ったのだが、その後怖くて辞めると言い出せず、大学四年間ずっとこのレストランでバイトを続ける事になる。

いろいろな理不尽を経験しながら働くのだが、そのレストランで働く四年間ずっと「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ポイズン」という名曲が頭の中でループしつづけていた。
けれど、社会人になった今、言いたいことを言えないのは世の中や環境のせいではなく、自分自身の問題だと言うことに気づいた。辛く厳しい現状は、自分の勇気と行動で打破していかなくてはならないのだと。

そして、あれから10年以上たった令和三年、今日も私は言いたいことが言えずに頭を抱えている。

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