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恋は盲目

三月
残り少ない今年度への慰労と来年度新たな環境に身を置く自分への鼓舞で、いつもよりほんの少し贅沢をしたくなる。日常ではお弁当や買い溜めのおやつを持参することで節制している私も、この時期ばかりは事あるごとに「ご褒美」と称して財布の紐が緩みがちだ。

来月から勤務地が自宅近辺に異動となる私が洒落たこの地域まで定期圏内で足を運べるのも残りわずか。せっかく素敵な店が多い地域に通っていたにも関わらず休憩時間も出不精を発揮した四年間であったが、最後の半月はここぞとばかりに自分へのご褒美を与えている。
中でもカフェで食べるケーキは味も勿論のこと、店の空間や造形の美しさといった手作りやコンビニスイーツにはない特別感があり、私は一口ずつ大切にゆっくり味わいたい。

しかし、今日は思わぬ邪魔が入った。

実は二日連続で来店しているこのカフェ
昨日は桜のクリーム大福のような上品なケーキをいただき、明日はもう一種類の桜スイーツである「ロールケーキ」を食べに来ようと心に決め、とても楽しみにしていたのだ。

一日越しの願いが叶い、窓際の席に着きケーキと向き合う。
一枚だけ記録用に写真を残し一口目を運んだ時、熱い視線を感じた。
ふと隣を見ると、二人組の女の方が私のロールケーキに羨望の眼差しを向けていた。
それまで気にならなかった存在がいきなり私の世界に入ってきたものだから、聞き耳を立てているわけでもないのに会話まで無意識に切り取って耳に入ってきてしまうのだ。

「桜のロールケーキいいなあ~、私桜大好きなの!」(小声のつもり)
くねくねと、こちらに視線を向けていない風を装い連れの男に反応しづらいコメントを寄越す女が視界に入った。
私が男であったとしてもきっと思いつく反応は「そうなんだ」又は「食べたら?」程度だが、その男も少し困りながら「食べればいいじゃん」と返していた。
「え~、でもなぁ~」
その間もチラチラと鬱陶しい視線を『私の』ロールケーキに向け続ける女。
ケーキは勿論美味しいのだが、羨ましそうに見られながら食べていると、何故だか私が彼女に見せつけているような、なんとも不本意な罪悪感に駆られる。

一回目の視線はいい。こうして店側の売り上げにも繋がるのだろう。
しかしあろうことか彼女は私がケーキを口に運ぶたびにその熱い視線を向けてくるのだ。
知人でも何でもない。
友人であれば「一口いる?」それで終わるだろう。
それとも見ず知らずの他人に「美味しいから、お勧めです。」と私から話しかけて購買意欲を後押しすればよかったのだろうか?とんだ災難だ。
お陰様で、念願のロールケーキを100%の五感で堪能することは叶わなかった。

彼氏だか存じ上げないが、次第に横の男にも憤りを感じるようになった。
(おい!連れの女がうるせぇからお前もう買ってやれよ!ほぼワンコインや!それぐらいあるやろ!今すぐ買ってこい!!)

そんな心の声も虚しく、最後の一口まで見届ける勢いであった女の視線を最早もろに浴びながら、まるで腹ペコであったかの如く520円のケーキを一瞬
で完食した。

女はオレンジジュースを飲んでいた。
そのジュースを選ぶまでに桜は必ず目に入ったはずだ。
持ち帰りにもできるフィナンシェは300円
それでもオレンジジュースのみ
完全に「カワイイ」の材料にされた。

やり場のない鬱憤をぶつけるべく、こうして速攻でPCと向き合う土曜午後。
後半の仕事は何をモチベーションにしたらよいのだろう。
どうにか切り替えるべく、結局明日の朝用で予定になかった650円のパンを買って仕事に戻った。
彼女が落とさずとも、微々たるものだが店は結果+αの利益となった。

仕方ない、明日もリベンジしよう…

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