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応援を必要とするなら自分の言葉を持ちなさい

今度の選挙に友人が出馬する。

「応援よろしく。今度、駅前でビラ配るのでよければ手伝ってほしい」

と言われたので、

「応援する気持ちはあるが、政策も知らないのにあなたの手助けはできないし、したくない」と答えた。周りに何人かいて、多少場は凍りついた。そのうち何人かは、彼の手伝いをするようだったが、それでいいのだろうか。


彼から渡された名刺の表には名前と大きな顔写真。裏には、彼の生まれや、これまでの学歴、趣味などが書かれていて、いかにもおじさんに好かれそうなものが並べられていた。彼の顔とか、これまでの趣味とか、学歴とか、私にはどうでもいい。ここはTinderではない。なぜなら、彼と休日に出かけるわけではない。彼が成すのは政治の道であるのだから、議員になったら何をやりたいのか。現行の政治の何を改革し、今後、どんなことに力を注いでいくのか。


次の日、彼とはまたあった。隅田公園で、知り合いたちと餅つきをしていて、ぼくも、彼も、その餅つきのスタッフとして現場にいたからだ。そしたら、彼の知り合いらしき他の立候補予定者がきて、ぼくに名刺を渡した。

「よろしくお願いします!」

元気だけはいいが、何がよろしくなのだろう。相手だって、ぼくと仲良くなりたいわけではなく、1%でも当選確率を上げるべく、あいさつ回りをしているんだろうが、彼の名刺も同様で、ぼくにはどうでもいいことしか、書かれていなかった。名前も顔も何も印象に残っていない。


その前後に、昨日の彼にもまた「応援よろしく」と言われたけど、私は昨日のセリフを繰り返した。友人だからという理由で、あなたの政治活動を手伝うほど、私は愚かではない。もしくは、サブリミナル効果で私が彼に投票するなどと、見縊られているのだろうか。そこまで彼も愚かではないと願いたい。

私はべつに演説をしろとか、壮大なビジョンで、俺を捲し立ててくれと言っているわけではない。あなたが、あなたの考えが素晴らしければ私だって賛同し、心からの応援によって長文でも書き連ねて勝手に宣伝するだろうが、行先の分からない人間を、誰が政治家として推薦するだろうか。

この終わりゆく国のことを考えるなら、吟味とは言わないが、私に考えるなにかを、何をしたいのか、それくらいは、伝えてくれよ、と思った。そんなんでひよって、政治家が務まるんだろうか。語る言葉の持たない人間は、政治屋にしかなれないだろうに。

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