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妹に睡眠薬を飲ませないでください

3歳年下の私のは昨年から、障碍者施設で暮らしている。けれど、この秋、施設からグループホームへと移住することになった。グループホームとは障碍者が4、5人でヘルパーさんと共に生活するところで、要は、施設は障碍者同士が大人数で暮らす、グループホームは少人数、というスタイルだ。 

妹はグループホームへ移りたいとずっと希望していたが、本人の希望だけで物事は動くものではなかった。障碍者を取り巻く環境は、国からの助成金やら、ヘルパーさんの人手の確保やら、ヘルパーさんに支払う日給を巡って国や市との交渉やらで、常に煩雑な手続きがつきまとう。そうした手続きが面倒だから、いったん入所した施設を動かない人も多い。

それでも私たち家族が、妹の希望をどうしても叶えてやりたいと思った理由は、ひとつだった。

彼女が睡眠導入剤を飲まされていたからだ。

今も飲まされている。

一昨年の暮れに母が倒れてから、施設に入ることになった私の妹は、予期せぬ環境の変化のせいか、眠れない夜が続いていた。それでもなんとか眠ろうとしたし、眠れないなら昼間眠くても我慢して、そして次の夜は眠る。そんな日々を続けていた。

しかし今年に入った頃から、施設の先生たちから、他の入所者と足並みをそろえてほしい、決められた時間に眠ってくれないと困るということで、睡眠導入剤を(半ば強制的に)服用させられることになったのだ。

確かに、施設は共同生活を大事にする場所だし、先生方の言われることにも一理ある。みんなが寝静まる夜に、私の妹だけがゴゾゴゾ、モゾモゾ隣のベッドで体を動かしていたりしたら、周りの迷惑になってしまうだろう。

そういうわけで、母が保護者として了承のサインをしたわけだが、睡眠薬を毎晩服用するようになってからというもの、妹の顔色は徐々に悪くなっていった。

思えば、私の家族は、これまで自然な暮らしをしてきた。食事は手作りのものを食べ、天気の良い日は、歩けなくても車椅子で散歩に出かけ、四季の移ろいを感じながら暮らしてきた。生まれつき障害や持病がある家族を持ったからこそ、自然と向き合う暮らしを心がけてきたのだと思う。

夜、眠れなかったら、翌朝は眠いまま養護学校や作業所に行き、そうすればその夜はぐっすり眠れた。睡眠薬を使って無理に寝ようとしたことはない。妹だけではなく、私も両親も、そのような薬に頼る習慣はなかった。

眠れない日もある。ぐっすり寝たのに眠い日もある。ほとんど寝てないのにぜんぜん眠くない日もある。誰だってそんなものだと、私たちは思ってきた。

だから睡眠導入剤を(再び言うけれど、半ば強制的に)服用させられる今の暮らしは、彼女にとって精神的に負担があるのだと思う。薬のおかげで夜は眠っているのにも関わらず、面会に行くと、昼からぐったりと元気がないことが多くなった。それでも姉の私の顔を見るとにっこり微笑んでくれるので、ちょっと複雑な気持ちになる。

この秋にはようやくグループホームへ移れることになったので、姉としてもほっとしている。ホームも共同生活ではあるけれど、たった5人で暮らすので、1人くらい眠れない人がいても、すぐに薬を使ったりはしないという。それぞれ自分の部屋があるから、夜更かししても早寝しても自己責任というわけだ。それに妹は、いつも眠れないわけではない。たまに眠れないだけなのだ。だから、これからは、家族と暮らしていた時のように自然体で暮らせたらいいのに、と思う。

施設を出るまでは睡眠導入剤の日々が続くが、なんとか乗り切ってほしい。グループホームに晴れて移れたら、彼女に言ってあげたい言葉がある。

今までよく頑張ったね。偉かった。

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