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限界集落の未来のはなし

古川です。現在群馬の山奥でキャンプ場を経営している普通の29歳です。昨今、大規模な災害が起こる度に話題となる「限界集落を残すか否か」「スマートシティ化」論争。年明け早々に発生した能登半島地震でもそのような話題を数多く目にしました。

今なお能登地方をはじめ被害のあった地域では大変な想いや生活をされた方が数多くいらっしゃるなかで、この議論をするのは時期尚早だと思いますが…。被災地や限界集落と度々向き合ってきた、というか暮らしていた私の考えをこちらで記事にしようと思います。長くなりますが興味のある方お付き合いください。



1. 私と限界集落

そもそも限界集落という言葉自体、ネガティブな表現で、かつ今そのような地域で生活している人に対して失礼と捉えられかねない言葉で、私はあまり好きではありません。そのため普段は使わないようにしている言葉ですが、本記事では使います。私については他の記事を参照してもらえると早いのですが、ざっくり限界集落との結びつきについてだけ触れておきます。

私はもともと神奈川県横浜市出身で、それなりのシティボーイっぽく育ちました。高校生の頃に東日本大震災が発生、その後復興支援団体立ち上げやボランティア活動などをする機会があり、東北地方に数多く足を運びました。宮城県気仙沼市、岩手県陸前高田市といったよく報道されるような被災地にも何度も行きましたが、2012年のとあるタイミングで宮城県石巻市、牡鹿半島の先端の方にある漁港の集落にボランティアとして行きました。

そこが私にとって初めての「限界集落」との出会いでした。当時高校生ながら深夜2時くらいまで漁師さんご一家と話していたのですが、「この地域は震災がなくてももう限界だったんだよ」そう言われたのを今でも覚えています。そこは8人くらいしか住んでいない集落で、中学校までバスで1時間近く、高校は下宿するしかない場所。日本の田舎ってこんなところもあったんだ、とそのとき初めて知りました。

石巻市内のとある小さな漁港。写真:Masato Kohata

それから3年、大学2年の終わり、2015年のこと。自分が住む横浜から車で2時間半ほどの場所に群馬県南牧村という高齢化率日本一、消滅可能性都市No.1の自治体があることを知り、興味が湧いて定期的に通うようになりました。地元の方々を巻き込んだイベントの開催などをしながら5年ほど通い、縁とタイミングがあり2020年に南牧村へ移住。衰退産業とも言われる林業を作業員として始め、2021年に南牧村で林業の会社を起業、という流れです。

実に11年以上前の東北の被災した限界集落との出会いから、あのとき見た光景や状況が忘れられず…。さまざまなものが廃れたり失われたりする関東の限界集落で、イベントや会社、仕事を作ってきた私です。そこには常に「この地域だけの問題ではない、いずれ日本全体が直面する課題だ」という意識があり、解決への道がどこにあるのか探し続けていました。そのような私が、どのような地域の未来をイメージしているのかを記事にします。



2. 限界集落はたたむべきか

結論から言うと、たたむことを積極的に検討すべきと考えています。私にはこれまで向き合ってきた数々の限界集落で暮らす方々の顔がたくさん浮かびますが、そのうえでもやはりたたむことを前向きな気持ちで検討しなければならないと思えます。

理由は主に2点あります。①産業や生活の変化によって栄える地域も廃れる地域もあることは当然のことだから。そして、②今後の人口急減と高齢化率上昇に耐えられないから。その2点を理解し自治体や集落をたたむことを受け入れるには、まず衰退に対してネガティブな気持ちを捨てなければなりません。

特に年配の方は地域の衰退や長年住んだ地元が失われることに対しての抵抗が強く、この手の議論が生じる度に乗り越えられない課題として挙がります。さらにはこの状況を打破すべく、成田悠輔氏が「高齢者の集団自決をすべきだ」と唱え、海外メディア等でも取り上げられ大きな話題となりました。(この発言の番組に私もVTRでひっそり出ています。)

この意見に私は全く賛同できませんが(コメント欄で賛成コメントが多かったのにも驚きますが)、こういった極論を振りかざさないと太刀打ちできないほどの大きな課題であることは事実です。本当は過激なワードでなく建設的な議論になればと望んでいただけにこの番組は残念でしたが、どのようにしてこの状況を少しでも打破できるのでしょうか。実際の自治体の例も交えながら解説します。



3. 地域の数だけ多様な課題がある

このことは私が地方創生系の講座などの場で話すときによく話題にするのですが、地域って想像以上に多種多様です。「田舎」と言っても、漁港、山村、離島、地方都市などありますし、山村の中でも平野が広がる地域もあれば渓谷しかないような地域もあります。

さらに言えば、地域ごとの課題があるのは田舎のみではありません。田舎からしてみれば課題なんてなさそうな東京でさえ、各所に高齢化が進んだ団地を抱えていますし、無数のビルやタワマンもいざ人口減や経済縮小が進んだ時に適切にメンテナンスや解体ができるかわかりません。課題なんてどこにでもあるのです。

銀座にも課題はあるでしょう。

課題は47個の都道府県の数ではなく、1700あまりの自治体の数ではなく、もっと言えばその中にある数々の地区や集落の数だけあるもの。それらを一般化させたり、自治体として残すかどうかの基準を設けたりすることはとても難しいことであり、その線引きをすることはある種暴力的なことでもあるということを忘れてはいけません。

私の仕事のフィールドとしていた群馬県南牧村は、高齢化率65%と日本一、人口1500〜1600人程度の場所。個人的に2年前の正月に訪れた福島県檜枝岐村は、人口密度が1.38人/㎢と日本最小、人口400人程度の場所。どちらもデータのみ見れば限界のような地域ですが、仮にどちらかのみを残すという判断をしなければならないとなったとき、何をもとに判断すればよいのでしょうか。人口密度でしょうか。高齢化率でしょうか。アクセスでしょうか。インフラの維持コストでしょうか。

檜枝岐村の温泉施設。驚くほどたいへん良い湯でした。


4. 群馬県南牧村のケースを見る

本noteでは度々この村を紹介していますので、過去記事からなんとなく知っている方はさらっと流してください。なお、毎回「群馬県」から書いていますが、これは長野県にも南牧村があり混同を避けるためです。なお読み方は、群馬県はなんもくむら、長野県はみなみまきむらです。

群馬県南牧村は、群馬県南西部に位置する村。日航ジャンボ機墜落事故の御巣鷹山がある上野村と、ネギやこんにゃくで有名な下仁田町の間です。江戸時代は砥石の生産地として、明治時代以降はこんにゃくの生産や養蚕業などで栄え、かつてはたいへん裕福な村でした。しかしながらこんにゃくや養蚕の時代が終わった後、戦後の大規模植林は結果として木材価値下落によりうまくいかず。これまで器用に形態や業種を変えながら紡いできた主要産業がなくなってしまいました

裕福だった頃は教育に時間をかけられるため、山奥の村にしては優秀な人が育ちやすい環境だったり。また端っこと言えど関東地方なので、埼玉や東京に出やすい距離感だったり。さらに村内でのバイパス道路開通によってよそからのアクセスが向上した反面、村人も都会へ出やすくなったり。(全国各地でそうですね。橋とかも。)主要産業の喪失だけでなく、さらにこの村ならではの状況が重なり、人口流出が一気に加速しました。

(江戸時代は数万人いたようですが)昭和30年に10000人いた村の人口は、30年後に5000人に、そのまた30年後の平成27年には2000人へと減り。かつて栄えた村がいつの間にか高齢化率日本一の村へとなってしまいました。また人口の数字のみではわからない、特に私が問題だと感じている点として、村議会議員をはじめとする村内の要職者の平均年齢が下がらないこと、そして今後の村を担う存在となるはずの30~40代の村出身者の人口が極端に減っていることがあります。(明確なデータがありませんが、感覚的には9割減です。)

これは私が東日本大震災の被災地に関わりを持って強く感じたことですが、地域の将来をよそ者が口出しするよりも、結局のところ地元出身者が描く未来のほうが価値があるということです。それはアイデアの質うんぬんの話ではなく、モチベーションやパッションのレベル感が地元出身者とよそ者とではまるで違うからです。

群馬県南牧村のとある集落。築年数の浅い家が一軒もない。

ただ、よそ者が不要というわけではありません。地元出身者を刺激したり、動きを加速させたりすることはよそ者にも十分できることですが、人々を取り巻く渦の中心となって走り続ける立場は地元出身者のほうが適しています。本気で動いているよそ者の方には失礼ですが、よそ者って結局地域に対しては無責任になれてしまいますからね。

つまり、「地域を担って行動を起こせる地元出身の若者がどれだけいるか」という点が、統計やデータには表れることのない地域のポテンシャルを測る指標のひとつです。このことをこの村は私に教えてくれました。村人から嫌われる覚悟で申し上げますが、そのポテンシャルが少なくとも現時点では低いのがこの村です。

また特筆すべき事情として、山に囲まれたこの村は冬の日照時間が特に短く、1日に2~3時間程度しか陽が当たらない家も少なくありません。日照時間が短い地域では鬱状態になりやすいという研究もあることから、鬱になりやすい潜在的なリスクがあり、現在の南牧村の状況に何かしらの影響を与えた可能性も否定できません。

なお、本noteは村の方や村出身の方にも読んでいただいています。特定の人物や個々人の選択を非難する意図は一切なく、地元出身者が急激に減ったという現状は、政治、環境、教育、さらに言えば資本主義など…もっとスケールの大きいものがもたらした結果だと私は捉えています。この村の方もそうでない方も、仮にお心当たりがあってもどうか気を悪くしないでください。これは日本全体の問題で、かつセンシティブ過ぎて非常に取り上げにくい課題です。



5. どのような地域をたたむべきか

数世帯しか住んでいない集落のために電気や道路、水道や橋などのインフラを維持することが税金の無駄づかいであるという話は度々言われます。しかしながらそこでたたむべき地域として線引きをすると、山間部や半島の末端の地域から順になくなることになります。まず、このような「立地による線引き」が必ずしも正解とは言い切れない理由を三点述べます。

第一に、地理的に末端の地域であっても、ほかの地域にどこかしらで貢献していることが往々にしてあるからです。山間部の場合、適切に森林が保全されることで下流域の水資源が守られています。半島の場合、水産物の漁場としてほかの地域の食卓を彩っています。それらが失われるリスクも同時に考えなければなりません。

限界集落の、さらに先にあるダム。利根川水系の最上流で、関東の水を守る。

二つ目の理由として、その地域に眠っている伝統や文化、食や名産品などを暴力的に奪いかねないからです。人が住まなくなる地域が生じることは人間の勝手ですが、それと同時に人間が年月をかけて培ってきた知恵まで失われることは種として大きな損失です。当然、残す文化なくす文化を取捨選択する必要はありますが、先人から紡いできたものを断ち切ることには基本的には慎重であるべきです。

三つ目に、人ひとりあたりの生涯の経済効果が2~3億円(諸説あり)であるからです。立地的に末端であっても人が住んでいて経済が回るような環境であれば、そもそも地域を潰す必要はありません。現に、少し前に紹介した福島県檜枝岐村は冬季期間に豪雪でアクセス道路が一本になる末端の地域ですが、スキーなどの観光客で賑わう地域で高齢化率も立地の割に低いです。

これらのことから、立地による線引きをしたり、よく議論で話題に上がるような末端の限界集落から住民を集団移住(スマートシティ化)させたりすることが正解とは限らないと、否定します。ではあらためて、地域をたたむかどうかの線引きはどこに設けるべきでしょうか。

南牧村のケースでほぼ答えを書いていますが、「地域を担って行動を起こせる地元出身の若者が多くいる」地域を残すべきです。その反対に地元出身の若者がほとんどいなかったり、地域や伝統を残すべきだと声を上げているのが年配の方だけであるような地域は、(なくすべきというのは暴論ですが)少なくとも維持をするだけで相当なエネルギーが必要な場所です。地域のお祭りの主役が年配の方ばかりで、若者が全然参加していないような地域は要注意だと思ってしまいます。

いま日本全体では毎年100万人近いペースで人口減少が進んでいます。人口流出が進んでしまった地域では、移住者の転入に期待したい気持ちも当然わかりますが、多くの田舎の地域でその状況は同じで結局移住者の取り合い。その取り合う移住者の母数も今後減る一方であるのがこの国の現実です。仮に地域を残したいのであれば、移住者呼び込みでもなく、子育て支援政策でもなく、地域に根ざした地道な教育が必要不可欠です。(この話はまた別の機会に書くかもです)

また、ひとつの自治体の中でも地域や集落によって人口バランスの格差がある事例が見受けられます。その場合も、人口減や高齢化の激しい集落から出身の若者がいなくなったら、集落をたたむことを考えるべきです。決してネガティブな衰退としてではなく、ポジティブな変化として。昭和に栄えた集落が、令和にその役目を終える、それだけのことです。産業も食文化も時代も変わっているのですから、人間が住みやすい場所が変わることくらい当然のことです。

しかしながら、いざ地域をたたもうとするとトラブルや障壁が発生するのが世の常です。クリアすべき課題は相当ありますが、次の章ではそれらを少し絞って見ていきます。



6. 地域をたたむ障壁は何か

「地域や集落をたたむ」と聞くと、もしあなたが当事者だとしたら、故郷が失われてしまうネガティブなイメージを持つと思います。いま日本では地方創生という言葉が多く使われ、なんとなく「田舎を盛り上げなければならない」「地方を衰退させてはならない」という根拠に乏しい価値観が広がっていて、その逆である「衰退」「廃村」というのは避けるべき事象であるという認識の方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、集落がなくなる危機というのは最近になって発生した課題ではなく、ずいぶん昔からそのような歴史を繰り返してきています。人里から遠く離れた森林の中に住宅の跡が見つかることがあります。家の床から天井を突き破るように木が生えて、あたり一面が山と同化している場所も。「ポツンと~」で始まるテレビ番組に出てくるような地域の100年後は、もしかするとそんな感じかもしれません。

ほぼ森と同化した家屋の残骸。何年かかってこうなったのだろうか。

そんなもんなんです。集落の人口がゼロになること自体は決してネガティブなことではなく、時代の移り変わりの結果そのものです。それは戦争や飢饉、産業の変化、自然災害などがきっかけになることも当然あるでしょう。努力で変えられることもありますが、どうにもならないこともあります。悪いことではないので、まずは「気持ちの問題」が改まる必要があります。

そうであるとは言え、地域への思い入れや人々のつながりがあるなかで、地域をたたむということは心理面だけでもだいぶハードルが高いのですが、他の面でもハードルがあります。使わなくなった家屋の撤去費用、遺産の片付け費用、先祖から受け継いできたお墓をどうするか、実質放棄地となってしまった畑や山をどうするか…。「もう自分も子供も住まない」と決めたあとの整理が大変ですよね。

しかし、だからと言って家屋を解体して更地にすると固定資産税が上がります。これは固定資産税算出のうえでの「住宅用地の特例」が適用されないためです。概ね3~4倍程度になると言われています。そのため、空き家の撤去がなかなか進まないんですね。この対策として国では、「空家等対策の推進に関する特別措置法」を制定、さらに2023年12月に改正されたものが施工されました。成果が見えてくるのはもう少し先でしょうか。

ちなみに、群馬県南牧村にも多数の空き家が存在しますが、一年中誰も使っていない空き家の割合は少なく、お盆の季節になると親戚が集う場所として使われている事例が見受けられます。またこの村は川沿いに集落が作られていて、その多くの家屋が河川法制定前に建てられたものです。そのため同じ場所での建て替えであっても河川保全区域内に建築する許可を取らなければならず、新築への建て替えのハードルが高くなっています。このように、地域ごとの事情は全国各地であると思われます。



7. 地域のたたみかたの理想は何か

では、どのようにして地域をたためばよいのでしょうか。まずそれを考える前に、どのようなたたみかたが一番望ましくないかを考えます。物理的な面での観点と、精神面での観点が考えられます。まずは物理的な観点から。

限界集落の終わりの形としてイメージがしやすいのが、「徐々に住民が転出で減っていき、最後まで残っていた人が老人ホームに入居し実質人口がゼロになる」パターンです。このとき、家屋はもちろん、家財、家電、自家用車、畑や山林などが全てそのままの状態でしょう。この状態からそのまま放置されると、家は朽ち果てて崩れ、家じゅうを野生動物に荒らされ、車はパンクして錆び、畑は雑草が伸び、山林は手入れがされず荒れます。

弊社で請け負った土砂崩れ現場の倒木処理の様子。たくさんのスギが道路に倒れ込んだ。

付近の道路は誰も通らなくなり、巡回もメンテナンスも不要となります。アスファルトが波打つように舗装が乱れても、まずは人が住んでいるところから予算が配分されるため治りません。電柱、ガードレール、上下水道、たくさんの人工物で成り立ってきた人々の生活ですが、それらは使われることなくなり放置されるのでしょうか。

基本的に人工物が放置されることが地球環境に良いとされることはありません。崩れた道路やアスファルトは、大雨のときなど年月をかけて下流へと流れます。廃村廃集落ができた数十年後の自然災害で、上流から瓦礫やコンクリート片が流れてくるという未来も想像できないものではありません。腐食した車や機械から、ガソリンやオイルが流れて土壌を汚染する可能性もあります。

さらに言えば、一見自然そのものに見える山林ですら放置することは悪影響を及ぼします。スギなどの針葉樹を植林した人工林は、広葉樹に比べて根の張り方が浅く、水を蓄える力も弱いため、土砂災害のリスクが上がります。(現に近年全国各地で起きている土砂崩れの現場は針葉樹林であることが多いです。ニュースで見てみてください。)倒木が川を流れ、下流域で川をせき止めたり橋を破壊したりするニュースを見た覚えのある方もいらっしゃると思います。

ということで、山林や畑も含め「人工物を放置したまま地域から人が去る」ことが、物理的な面での望ましくない地域のたたみかたです。

続いて精神的な観点から、望ましくない地域のたたみかたを考えてみます。限界集落に人が住まなくなった数十年後、生活が途絶え、文化が途絶え、人々が生きてきた証も薄れ、歴史もよくわからなくなり、その地域に対して思い入れがあったり語れたりする人が一人もいない。でもなぜか人工物は残っていて、人がいたっぽいけどよくわからない。そのような未来、どう思いますか。

残念ながら、そうなりかけている、あるいは既になっている地域も存在します。そのような場所は、人がいなくなって放置されてしまっていることで問題が発生したとき、責任の所在も明確でなく、自治体側が対処に頭を悩ませることになります。たとえば、空き家のブロック塀が劣化で道路側に崩れ、道を塞いでしまった、等の事例です。

このような現象を言語化するとするならば、「地域の衰退や消滅に対して誰もが無関心かつ無責任である」こととでも言えるでしょうか。誰もが地域に対する責任を負うことなく集落は自然消滅、文字通り後は野となれ山となれという状況は避けるべきではないでしょうか。

ここまで二点、望ましくない地域のたたみかたを述べました。それらの逆を考えて、理想の地域のたたみかたをイメージします。

「人工物を放置したまま地域から人が去る」
→「人工物をできる限り減らしてから地域を離れる」

「地域の衰退や消滅に対して誰もが無関心かつ無責任である」
「地域の衰退や消滅に対して関心を持って考え行動する」

ということではないでしょうか。理想的な世界としては、たとえば「この集落は人口が増える見込みがない。50年後100年後に自治体や子孫にお荷物にさせても悪いから、30年計画で少しずつたたんでいかないと。」と計画し、それを住民が納得し、少しずつ物置や家屋の解体を始め、産業や生活拠点を移して緩やかにたたんでいく。人間も終活(人生の終わりのための活動)という言葉がありますが、これは地域の終活です。

あまりに理想すぎて、解体費用はどこから出てくるのか、本当に全住民が納得するのか、使わなくなった土地は自治体が買い取ってくれるのか、そもそも衰退計画を取り仕切るリーダーシップのある人がその地域にいるのか、といった課題はありますが、発展・現状維持・衰退のなかから衰退を選ぶのであれば目指すべき形ではないでしょうか。

地域を前向きな気持ちでたたむこと、それを話し合って実行できることが当たり前の世界になってほしいと願っています。



8. まとめ

長い文になってしまいましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。

(一応ギリギリまだ20代の)私が若者代表のような口で申し上げるのもおかしな話ですが…。いまの現役世代は2人で1人の高齢者を支えている状況であると言われていて、この負担割合は今後さらに上昇を続けます。そのような社会保障の負担が増え、老後に年金をいくらもらえるかわからないこの国の現状に不安を感じている若者は多く、私の周囲でも仕事や生活の拠点を海外へ移す人が少なくありません。

世界トップクラスの高齢化率であるという状況を背負い、さらに今にも自然消滅してしまいそうな地域の将来を背負うことになる現状は、ただでさえ母数が減っていく若者には重すぎるものです。少子化対策、地方創生など、人やモノを増やしたり発展させたりする方向への動きがよく見られますが、前向きな気持ちで100年後の荷物を減らす方向への動きがもっと議論され活発になってもいいのでは、というのが私の考えです。

70代の方が「この地域を残したい」と言っても30代の方がそう思わなかったら、30年後にはなくなってしまいお荷物になる。今日生きている方の思考で舵取りをせず、50年100年後生きている方の思考を想像して議論する必要があるのかなと。真正面から現状と向き合ってその議論を進められるような住民がいない場所は、残念ながら残すことが難しいのではないかと思えてしまいます。

残酷で、勇気のいる決断を迫られることにもなりますが、まだ生まれてきていないような後世に誇れる地域や国にするには必要なことではないでしょうか。難しいですけどね。


まとめ

・産業や生活の変化で地域によって栄枯盛衰があるのは当然
・人口急減と高齢化率の上昇に今の地域数では耐えられない
・立地での線引きはできないがたたむべき地域は存在する
・地域を担って活動できる地元出身者の若者が多くいるかが肝
・意志を持って衰退させることは悪いことではない
・地域をたたむのであれば人工物はできるだけ減らすべき
・前向きな気持ちで100年後のお荷物を減らすべき



とても余談ですが、冒頭に紹介しました通り、キャンプ場の経営をしています。限界集落からさらに奥に入った場所です。よろしければぜひ遊びに来てください…!

ちなみに、強引な発展よりゆるやかな衰退を目指すべきみたいな話は2年以上前の私のnoteでも書いています。もしよろしければこちらもどうぞ。

我々世代が直面するこの衰退への道のりをいかに軟着陸させるかっていう戦いに今身を置かれているんじゃないかと思っている。

正直村の活性化興味ないはなし (2021年10月1日)

その他メディア掲載履歴等はこちらからどうぞ。

ありがとうございました。

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