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リゾートバイトと損得勘定

 私はどうしようもない貧乏性だ。

コンビニにあるパンの陳列棚を見るだけで食べた気になって買わなくて済むくらいに、だ。

貧乏性なくせに、大分県に旅行へ行きたい。そこにある「進撃の巨人ミュージアム」がどうしても見たい。

なんて愚かなのだ。旅行なんて、私のような大学生がやる行為の中で最もお金がかかるというのに。

私は考えた。

捻り出した。

「働きながら、旅行をすればいいではないか!」と。



 私はある大分県にある高級旅館で1週間程、仲居をすることに決めた。

当日を迎えた。

緊張していた。

なめられてはいけないとも思った。

だから、女将さんに業務を説明されても異常に大きな声で「はい!」と返事をした。

どんなパワハラ野郎にも屈してはならない、と思っていたからだ。

しかし、私は拍子抜けした。

みんな異常に優しい。

そして、私はある1人のおばあちゃんと仲良くなった。



 主な業務は食事処で料理を出したり下げたりすることで、そのおばあちゃん、柿田さんという方とペアで働いていた。

食事処は個室に分かれていて、料理も立派である。見たことないデザートがあったので、柿田さんに聞いてみると、「牛乳かんだよ」と言われた。

「本当かな?」と思っていると、一緒に働いているおじさんに「牛乳かんじゃなくて、かるかんという郷土料理だよ」と訂正されていた。

柿田さんはとてもお茶目な人であった。



 ある日私が、お客さんを個室に案内するために、食事処の前で待っていると、「気の合わない人と付き合っちゃダメだよ」と柿田さんに話しかけられた。

どうやら、柿田さんは熟年離婚したらしかった。お金はあったけど、気が合わない人だったそうである。

もうお客さんが来そうだと言うのに、柿田さんにたくさん恋愛の指南をされた。

まさか大分に来てまでおばあちゃんと恋バナをすると思っていなかった。

自然と私たちには、友情が芽生えていたのである。



 最終日、お給料をいただいた。

旅行の諸経費を差し引いても5万円のプラスであったし、目的であった「進撃の巨人ミュージアム」にも行けたので、貧乏性の私には「こんなお得な旅はない!」と感激しきりだった。

また、旅館の人は皆な優しく、特に柿田さんはとても寂しがってくれて、ティッシュに包まれた何かを渡された。

「ちょっとしかないけど、これで飲み物でも買いなさい」と。

綺麗に畳まれた千円であった。

くだらない損得勘定で旅の良し悪しを判断している自分がちっぽけに思えた。

今でもその千円はティッシュに包まったままだ。


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