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ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った──世界を制するシステムの未来』

※2022年5月29日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。


 冷戦終結によって資本主義が勝利しました、めでたしめでたし。という本では当然ない。高度にグローバル化した21世紀の資本主義は、格差と腐敗を拡大させる特徴があるが、その拡大の構図が同じ資本主義でも、「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」とで違うという。前者はアメリカ、後者は中国を念頭に置いている。

 リベラル能力資本主義の西側で起こっている富裕層への所得集中の特徴は、高所得層が資本だけではなく労働からも高い所得を得るようになっていることである。同じような所得水準どうしで結婚する傾向も強まり、結婚が階層を撹乱するようなファクターとしては機能しにくくなっている。

 格差抑制に資してきた労働組合、教育の大衆化、累進課税、政府による大規模な所得移転といった「四つの柱」も体力を落としていく。本来であれば今こそ、中間層による資本蓄積の促進(例えば社員持ち株制度など)と政府による再分配政策の強化を行うべき局面である。

 ところがグローバリゼーションは、富裕層がより自らに有利な国に拠点を移すことを容易にする。タックスヘイブン問題である。本来福祉国家の財源を担うべき富裕層が、負担を嫌がって撤退してしまう。それを恐れて政府は累進課税ができない。

 一方「政治的資本主義」はどうだろうか。かつては、民主化が経済成長を続ける条件と信じられていた。しかし中国は権威主義体制を維持し続け、いずれ成長は止まるとずっと警鐘を鳴らし続けられながら、依然高成長は続いている。

 この矛盾に対して著者が示す史観が面白い。マルクス主義的な考え方で言えば、資本主義の矛盾が社会主義をもたらすという方向であるが、著者はむしろ中国のような新興国は資本主義的な経済発展を実現するために社会主義革命が必要だったと主張するのである。

 地主層を一掃して封建的な生産関係を変革すること。外国資本による支配を覆すこと。第三世界の新興国にとってこの2つの課題を解決するためには、発展のための社会革命と、民族自決のための政治革命が必要である。この2つを同時に成し得るのが社会主義革命だったというのだ。

 では社会主義革命によって成立する政治的資本主義にはどのような特徴があるのか。著者は3つの特徴を挙げる。(1)効率的でテクノクラート的な官僚システム、(2)官僚システムがその能力を邪魔されないで済むこと、すなわち法の支配の欠如、(3)民間部門を統制できる国家、である。

 こうした政治的資本主義国家は高い成長を可能にしながらも、官僚の腐敗が生じやすいというジレンマに直面する。そしてこれは格差の増大に直結する。

 先進国に住んでいるだけで得られる利益のことを本書では「市民権プレミアム」と呼んでいるが、これが存在する限り国際的な人口移動は止まらない。さらに国際分業の進展で、産業単位ではなく工程単位、あるいはもっと細かい単位で国際移転が可能になった。比較優位を求めて工程が海外に移転すれば、元あった国の雇用は失われる。こうして先進国の中間層は没落する。

 つまりグローバル能力資本主義と政治的資本主義とは、まったく切り離されたそれぞれの世界の中に閉じられているわけではなく、むしろグローバルバリューチェーンの中で有機的に結びつく。

 本書はこうした資本主義の異なる2つの体制のそれぞれの問題点を鋭く指摘しながら、タイトルが示すようにオルタナティブがいまのところ存在しないということも強調している。解決策を提示するようなたぐいの本ではないが、現在の不平等拡大の世界を考察するにあたって、極めて見通しの良い見方を示している。

(西川美樹訳、梶谷懐解説、2021年、みすず書房)=2022年2月19日読了


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