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薄明 9

ルフィノとクロードの軍勢が戦っている頃、マリオたちは続々と山を登り、峠を越えて寺院へ集結していた。
「怪我人は介抱しろ。」とマリオは言って歩いたが、どうやら怪我をしたのは先程のイェットの兵隊一人のようだった。
「おい、さっきの奴は気がついたか。」
「気がつきました。怪我も大した事ありません。」
マリオが顔を覗き込むと、兵隊は怯えたような顔をして手足をカタカタと振わせた。年はまだ若く、兵隊らしい体つきではない。おそらく、町人だろう。
「おい、お前。まず名前から聞こうか。」

男はアラン、年は二十歳。元々は飴売りだったが、センダードの戦いで家を焼け出され、生活のためにイェットの小隊に志願。しかし、ジョシウとの戦いは苛烈を極め、やむなく軍艦に乗り込みハーナムキヤ島まで脱出したとの事。
これ以上抵抗の意思はなく、センダードに戻って、残してきた老親や女房と生活をやり直したいとの事…。

取り調べで分かったのは、そんな事だった。確かにこれ以上抵抗しそうにはなく、サドゥーモの兵隊に囲まれてただひたすら怯えるだけだ。
「センダードは戦場になり、お前の家族も大変だろう…返してやりたいのは山々だが、サドゥーモに協力もしてもらいたい。」
「協力と言っても、なにをすれば良いのだ?」
アランは迷子の犬のような顔をしていると、マリオは思った。あまりに小心者で、よく志願兵になどなろうと思ったな。
「お前の指揮官は、どんな奴だ。」
「小隊長はエタン様、各小隊をまとめているのは、陸軍奉行のクロード様だ。」

クロード。
名前を聞いた事のない者はいない、あの狼のクロード。
都でジョシウやトゥサの浪人を次々と殺した男。戦で負けた事のないという伝説のある男。

ふと、フィリップの言葉が蘇った。
「クロードさんは、父のような母のような…」
坊主、俺は「父ちゃんで母ちゃん」のそいつと、戦わなくてはならないかもしれない。そして、本気で戦わなければ、俺たちが多分負けるだろう。

「クロードは今、どこにいる?」
「多分、ハーナムキヤ奉行所の裏手の小高い丘で、警備の指揮を取っている。」
裏手の山。もしかして、と思い、マリオは地図をアランの前に広げた。
「もう一度、聞く。クロードはどこにいる。指をさしてみろ。」
するとアランは見覚えのある場所を指さした。そこは、マリオが何度も太い指を這わせた場所…今、まさに、ルフィノが上陸し、市街地方面に向かおうとしている場所だった。

「ルフィノ隊が危ない。我々はこれから奴らの所へ向かう!」
マリオはそう叫ぶと、急いで立ち上がった。ルフィノが万が一やられる事があれば、次に危ないのは、自分達だった。市街地と海の両面から攻撃されれば、逃げ場がない。
夜のうちにこの山を降り、一刻も早く市街地に到達しなければ。

夜はまだ明けず、小雨は相変わらずマリオたちの兵隊の体を濡らした。

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