CheFuKo(チェフコ) ウクライナの人々に癒しを

支援の体験レポート(1)

CheFuko(世界の子供たちのために)は、活動の一環として10年前からウクライナの子供たちの支援を続けています。当初はチェルノブイリの原発事故に巻き込まれた人々、そして昨年からはロシアのウクライナ侵攻の被害に遭った子供、人々の支援を継続しています。   その活動の特徴は、物資の供給だけでなく、直接訪問し温熱療法(※)で、戦禍に巻き込まれ苦しむ人々の身体と心を温め、癒すことにあります。   そのチェフコの支援とはどのようなものか。それが現地の人々のどのような救いになっているのか。その実態を報告する隊員の手紙を以下に紹介します。そこには支援する側にも得られる充実感、喜びも描かれており、ボランティア活動の意味を知る格好のレポートにもなっています。  

※温熱療法=チェフコが訪問支援に使っている温熱療法は「スーパー温熱」といいます。遠赤外線が出る温熱器を、衣服の上などから身体に直接当てることで遠赤外線を深部まで浸透させます。芯から温めることで血液やリンパの流れを良くし、新陳代謝を高め、自律神経の機能を調整するなどの効果があると言われています。 温熱器に使用されているテラヘルツ鉱石からテラヘルツ波、遠赤外線、ラジウムの三つの波長が出ています。 これらは電磁波の一種ですが、体に害はありません。人間の体内は70%の水分でできています。その水分がこの電磁波の波長を吸収すると体内の水の分子に伝わり振動を始めるのです。これは共鳴振動作用と呼ばれ、この働きが体の中から熱を発生させ体を温め、さらに血液や水分を揺すって小さな粒にして、さらさらと流れやすくします。  

(スーパーテラヘルツ温熱器)

隊員の体験報告

以下に紹介する手紙は、現地支援に参加した森和美さんが、CheFukoの浅井隆最高顧問に送ったもので、一部を除いています。


(中央が森和美さん)

森和美さんの手紙から(その1)

先日(2023年3月)は、チェフコの第三回ウクライナ避難民支援活動に参加するという大変貴重な機会をいただき、誠にありがとうございました。
温熱ベーシックのみならずアドバンスコースまで受けさせていただき、福島ボランティアでも実際に温熱施術をさせていただいたものの、私で役に立てることがあるのだろうかと不安で一杯でした。しかしCheFuko事務局長の大久保さんや隊員で温熱療法士の杉浦さんの手厚いサポートのお陰で、最終日まで無事に活動してくる事ができました。
 
モドリンスカ人道センター(※)に暮らす人々は、硬い簡易ベッドにベニヤ板の仕切りという、快適さとは対極にある環境にいました。大人も子どもも「命の危険がない」というだけで、こころも身体も疲れきっているように見えました。実際に施術してみると、足先はもちろん身体中が冷えていることにとても驚きました。冷えをとり、身体に熱を入れ、「少しでも楽になりますように」と願いながら心を込めて丁寧に施術しました。


(モドリンスカ人道センター 避難民の生活場所)

※モドリンスカ人道センター=ポーランドのワルシャワ中央駅より北に10kmほどの位置にあるポーランド内最大級のウクライナ避難民受入施設です。もともと万博会場であった建物を改装して避難民を受け入れています。民間の寄付で運営されており、多い時には3,000人以上の避難民が生活していました。毎日3食の食事や衣服などの生活必需品は無料で提供されています。トイレ、シャワールーム、ランドリー、カフェテリア、医務室、学校や保育所(託児所)も備わっています。チェフコはこの施設で主に活動を行いました。

リピーターさんも来てくれ、未熟な私を指名してくれる人もいました。私には技術も経験もまだまだ不足していますが、たとえ未熟でも言葉が通じなくても、想いは伝わるのだということを肌で感じました。
 
下半身に障害があり、オムツ着用、杖使用の60代男性がいました。
小刻み歩行で体幹の安定性がなく、歩行するだけで身体が辛いとのことでした。臀部から太もも裏側にかけて痛みがあるということで、その部分を中心に注熱を行い、同時に硬くなった筋肉がほぐれていくイメージをもちながら優しく柔らかく擦っていくという施術を行いました。
一回の施術で「とても足が軽くなった」とその場で、もも上げやスクワットをして見せてくれ、笑顔で帰ってくれました。翌日以降も来てくださり、娘さんからも「歩くことも嫌がっていたのにマッサージだけは自分から行くと言って早くから準備している」との嬉しいお声をいただけました。痛み軽減のお手伝いができて、ご本人だけではなくその家族も笑顔にできたのだと、嬉しさと同時に大きなやりがいも感じました。

(杖使用の60代男性と森さん)

 最終日には最後の片付けが終わるまで残っていてくれて、「本当にありがとう。また会いに来て」と泣きながら見送りをしてくれ、クリミア半島が刻印してある記念コインをくださいました。通訳さんによると、「避難先に持ってきたコインというのは、生活に困った時にお金に換えるためのとても価値のあるもの。それをくれるということは最大級の感謝を表している」ということだそうで、胸に熱いものがこみ上げました。
 
二か月前に機械に腕を挟まれて肩と腕に痛みがありよく眠れていないと訴える40代男性のケースです。
痛みのある場所とその周辺を念入りに注熱しました。施術後は痛みをあまり感じることなくぐっすり眠れた、とのお言葉をいただきました。温熱によって血行がよくなり、筋肉の緊張がほぐれて睡眠が改善したのだと説明しました。一日一回、わずか15分の施術でこんなにも効果を感じていただけて喜んでもらえる活動に参加させて頂くことができて、とても幸せに感じました。
 
ここには書き切れないほど多くの嬉しいいお声をいただいたり、数えきれない沢山の笑顔も見ることができました。
また、多くのかたに触れあい、温熱施術を受けていただき、厳しく硬い表情が和らいでいく様子や、筋肉がほぐれていくのを直に感じられて、「もっと何かできないか」「もっとしてあげたい」という気持ちが日々強くなっていきました。
 
子ども達もたくさん来てくれました。温熱施術を受けた子ども達は、年齢に見合わない凝りや張り、身体の痛みを訴えることが多く、慣れない環境と精神的ダメージにからだが悲鳴をあげているのだと感じました。大人に対する施術とは少し違い、包み込むように、母親のような気持ちで接することを心掛け、優しくまあるく施術しました。日本から持って行ったお菓子も「とても嬉しい、おいしい、もっと」と喜んでもらえました。
 

(子どもへの温熱療法を施す森さん)

様々な年代や身体状況のかたに施術させていただけて、とてもいい勉強になりました。
私は介護福祉士になるための専門学校に通っているので、「安全な立ち上がり」「手引き歩行介助」「硬いベッドで少しでも楽に寝る方法」などの介護技術をアドバイスすることができ、自分の持っている知識が役に立つことも実感できました。専門学校を卒業したら介護業界に就職する私ですが、就職先で利用者様に温熱施術を提供してあげられるようになることを目標にしています。そして、将来的には施設管理者になり、サーモセラピストの資格を持つ介護士を育て、運動や歩行が困難になかたにも機能改善が図れるような温熱介護(従来の介護に温熱施術も提供できることを私が勝手にそう呼んでいます)をあたり前にサービス提供できる施設の運営がしたいと考えております。
 
私自身、温熱療法と出会ってから、身体を温めることの大切さを痛感しているので、私の感じたことをもっと多くの人に知って欲しいと思っています。
これからも機会があればボランティアの活動に参加させていただき、多くのかたの「こころ」と「からだ」を温めたいと考えております。
 
ドンチェバさんやイワン君(※)にお会いできたことも、いい経験になりました。命の危機と隣り合わせの生活の中で子どもたちの支援をしているのがドンチェバさんです。長い時間をかけてウクライナからワルシャワまで来てくださり、初対面の私を「日本の素敵な友人」と呼んでくれました。靴下の支援くらいしかできていませんが、小さなことでも、今後も継続して力になれたらいいなと考えています。

(森さんとドンチェバさん)

※ドンチェバさん=チェルノブイリ・ホステージ基金の代表。当団体は1996年に発足し、チェルノブイリ原発事故に携わった消防団や医療機関、影響を受けた学校とのネットワークを持ち、海外団体の支援窓口となっている団体です。チェフコは2013年発足以来、ウクライナでの活動に全面的にご協力いただいています。ウクライナからポーランドまで私たちに会いに陸路で駆けつけてくださいました。
※イワン君=チェフコ主催「ウクライナ&福島子ども交流プログラム」で2018年にチェフコがウクライナから日本に招待した19歳の大学生です。(2018年当時14歳)。ロシアによるウクライナ軍事侵攻開始後、母親とポーランドに避難しました。母親が先にウクライナに帰国し、ポーランドで1人アルバイトをしながらウクライナの大学のオンライン授業を受けるという避難生活を送っている際に、ポーランドで再開しました。

お母さんに会うためにウクライナに帰国するというイワン君は、ポーランドで一人、孤独や言葉の壁と戦っている青年です。27歳になるまでウクライナでの徴兵はないそうですが、この先情勢がどう変化していくのかはわからないので、「とにかく無事でいて欲しい」「戦争が一日でも早く終わってほしい」と伝えました。

(イワン君と森さん)

人々の笑顔も、あたりまえの日常も、家族も、幸せも全て奪っていく戦争の“おわり”はどこなのだろう、と考えさせられる時間でした。
 国内、国外問わず、また是非ボランティア活動に参加させていただきたいです。
 
 この度は大変貴重な機会をくださり、誠にありがとうございました。

2023年4月13日   森和美