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光と影と

 アメリカンドリームは健在だ。現在4千万人のアメリカ人が外国で生まれた人たちだというデータがある。これは3億3千人のアメリカの人口の12パーセントを占め、世界の移民人口の20パーセントを占める。日本人からしてみれば「日本からアメリカに引越した」と聞くと、「ご主人がアメリカ人でお里に帰ったのね」とか「お仕事で駐在ですか。栄転ですね」など割と華々しい印象すらあるけれど、移民の大多数は「生きるために、法を犯してまでも」という意思の元でアメリカに住んでいる人が大多数だろう。そして、貧富の格差が私たち日本人にとって想像を超えるほど大きくそびえたつのがアメリカだということも言える。

 私たちが住むコロラド州デンバーはアメリカ人にとって人気のある町だ。今年は全米で第二位。コロラド州のボルダーが一位、コロラドスプリングスが4位とコロラド州の街がベスト5の中に3つランクインした。かつて人気があったカリフォルニアのサンフランシスコやロスから沢山の人が引っ越してくるし、大手企業も続々とコロラドにオフィスや工場を構える。すると自然と物価は上がるし地価も高騰する。デンバーの最低賃金は$14.77/hourだ。ひぇぇ。会社を経営する立場としては最低一時間1400円を超える賃金を払うのはお財布事情をかなり圧迫する。どんなに仕事ができない人を雇ってしまっても、この金額が発生する。ましてや利益率が低い刺繍業の私たちなど、常にカツカツだ。その上のこの、コロナ。いつ緊急事態宣言がでて、営業できなくなるかヒヤヒヤだし、仕事は減るし、その上、コロナで失業した人には2020年夏には失業保険の上に特別手当が週に600ドルが支給された。遊んで暮らしてその上一か月2400ドル上乗せもらえるのだから、だれも働きたくない。こちら側としても仕事量が不安定な中、固定費はできるだけ増やしたくない。(労働者は固定費ではないと考える方は多くいらっしゃいますが、一度雇ったら馘首したくないと思う私たちは固定費と考えています)
 そんな状況の現在、失業者は増える、ホームレスは増える。経営者側としても雇いたくても雇えない。そしてホームレスのテントは日々増えていく。
そして、時折警察が入り、テントを撤去。残酷にもホームレスの毛布一枚まで剥いでいく。

 私たちの会社のすぐ向かい側に1か月ほど前からホームレスの若者が5人暮らしている。ホームレスのテントが対岸の火事だと思っていた私たちは、彼らが最初に居を構えた時、最初は同情していた。しかし、どこにでも用を足したり、ガラクタをかき集めて公道まで占領するありさまには舌を巻いた。デンバーの冬の夜は-15度程にもなる寒い町だから、キャンプファイヤーから起きる火事も心配だ。火が移って、こちらの工場まで焼かれたら、ひとたまりもない。警察に通報するも、こちらも御多分に漏れず、何もしてくれないし、かといって生活に困っている弱者を警察に突き出す気にもなれない。ただただ、糞尿のにおいに耐え、火事の心配をするだけで、私たちは何もできなかった。

 そして昨夜恐れていた火事が起きた。朝、会社に来たら、テントもガラクタ諸共灰になっていた。写真はお隣さんからもらったものだ。けが人、死人はいなかったようだが、キャンプファイヤーからテントに火が移り、違法で所持していたプロパンガスのタンクが爆発したようだった。同情する反面、これでどこかにいってくれるだろうとホッとしていた。糞尿のにおいともおさらばだ。昼過ぎになると、次々とスカベンジャーハントの人たちが来て(スカベンジャー:ごみあさりをする人、ハイエナ(比喩的に))灰の中から、使えそうなものを漁っていった。ホームレスからも物を取ろうとするスカベンジャーとは。びっくりした。ホームレスとは社会的生活で地に堕ちることを意味していると思っていたが、まだその先があったのだ。
 ご近所さんから伺うと一部の人は、彼らに手を差し伸べようとあれこれ世話を焼いたこともあったそうだ。教会に連絡して、シェルターを探したり、食べ物を提供するボランティアが無償で提供するサービスを紹介したこともあったようだ。しかし、彼らは断った。理由は一つ。ドラッグだ。コミュニティに助けを求める場合、ドラッグはご法度。(マリファナ以外は。マリファナはコロラドでは合法)ドラッグはやめられないから、このままの生活を続けると。
 それを聞いて、私はすごくがっかりした。彼らは、私たちの手を差し伸べることさえできないところに行ってしまっているのだ。3度の食事より、あたたかいベッドより、ドラッグが大事な世界に。肩が触れ合うほどの近くで生活する同じ人間、言葉も通じる住人なのに、違うものを求める彼らに、もう同情はできなかった。彼らは選んでホームレスでいる。そして公道と私有物を占拠し、違法のプロパンガスを爆発させた彼らは、逮捕されることもなく、罰金を課されることもない。アジア人の私が夜に車を運転しているだけで警察に職務質問をされるこの社会で、法を犯してものうのうと罪を償うことなく過ごせる彼らには嫌悪感すら感じる私がいた。
 そして夕方、彼らは瓦礫のつまれた焼け跡に、どこからか手に入れた新しいテントを建て、何事もなかったようにキャンプファイアーで暖をとり、眠るのだった。

私たちには、明日から糞尿のにおいに耐えて、火事の心配をする毎日が再び始まる。

参考:
Fact Tank: Key findings about U.S. immigrants
USA Today: The best place to live in the U.S.A 2021
Zapia: THE 100 LARGEST COMPANIES IN COLORADO FOR 2020
eow: スカベンジャー:ごみあさりをする人、ハイエナ(比喩的に)

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