悍
「私の腹に噛み付きなさい。」
自身の体の10分の1にも満たない小さな男にそう告げると、男は戸惑うことなく鋭利な歯牙で女の下腹部に噛み付いた。
「私から二度と離れるな。そして信じなさい。」と言い放つその女は既に痛覚を麻痺させ、皮を損傷させない術を備えていたため問題は無い。
男は巨きな肉体の女の腹部に噛み付いたままぴったりと体を寄せ「二度と離れまい。」と誓い目を瞑った。生まれて初めて孤独を感じることのない世界を知る。
男が持てる全ての力を振り絞って食らい付いた歯牙は、いつの間にか女の肉体に埋もれ、自身の口唇と女の皮が結合したため男はもう力を必要とせずに済んだ。目を瞑ったまま随意の運動機能も手放し、ゆらゆらと女の腹部に繋がったまま、生命の全てを委ね、男はこのまま全身吸い込まれることを願った。
男は望み通り、不要な臓器から退化させ、孤独の無い愛の中で、自ら細胞一つ一つをゆっくりと女に捧げた。
どれほどの時が経過しただろう。
男の姿は跡形も失くなり、女の腹部に取り込まれた。最期まで残った精巣のみがその機能を果たし、男は幸福の末に生涯の幕を閉じた。
女の細胞となり我が子を愛でる。
男は後に、自分以外の大勢の男達がその巨きな女の体に取り込まれていたことを知るが、一度食らい付き結合がはじまった幸福を他の者も感じることができたことを想い悦楽に浸った。
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