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花の落ちる音

凌霄花ほたりと落ちて落ちるたびに秋に近づきゆく夕暮れは   

齋藤芳生『湖水の南』

 今年の夏(註:2017年)は、いつまでもいつまでも降り続く雨が止むのを待ちわびている間に終わってしまった。一ヶ月以上もの間続いた雨がようやく上がって晴れ間がのぞいたと思ったら、街はもうすっかり秋の気配だ。ひんやりとした空気のなか、我が家のささやかな庭もいつの間にか秋の虫たちの澄んだ鳴き声でいっぱいになっている。

 太陽を求めて高く伸びた向日葵。今年も見事な花を咲かせていたご近所の百日紅や、真っ白な槿。プランターや花壇に植えられた真っ赤なサルビアやカンナ、そしてマリーゴールド。いつ止むとも知れない雨のなかで健気に咲き続けた夏の花々も、その色とりどりで鮮やかな色を濡らしたまま短い花季を終えようとしている。見つめているとまるで夏休みの間思う存分外で遊べなくてしょんぼりしている子どもたちのようで、なんだか可哀想だ。

 夏の花といえば、子どもの頃から私が大好きなもののひとつに凌霄花がある。見上げるほどの高さにまで蔓を伸ばして勢いよく咲くあの大きなだいだい色の花は、お盆休みあたりの強い日差しと、それに負けじと鳴き続ける蝉たちの大合唱にいかにも似つかわしい。花の姿が好ましいだけではなく、「のうぜんかずら」という古風で日本的な名前がまた、美しいと思う。初めて「凌霄花」という名前を知った時には、のうぜんかずら、のうぜんかずら、と何度もつぶやいてはその音の響きを楽しんでいた。

 夏の間を咲き誇っていた凌霄花の花は、やがてひとつ、ふたつ、と地面に落ちはじめる。いつの間にか木の根元は落ちた花のだいだい色でいっぱいだ。この花は、落ちる時にかすかではあるけれども音をたてる。それはそのまま夏が終わってゆく音であり、そしてまた、秋が少しずつ近づいてくる音でもある。雨に打たれ続けていたせいだろう、この夏はそのかすかな音が幾分重い気がした。

 ちなみにこの花は、その形がラッパのようであることから英語名を「トランペット・ヴァイン」とか「トランペット・フラワー」というらしい。名前とは不思議なものだ。これではまるで別の植物ではないか。私にとって、「凌霄花」という花はこれからもずっと、「凌霄花」でなくてはならない。

福島民友新聞「みんゆう随想」2017年9月5日

☆この年とは真逆の暑さですが、今年も咲いてますね、凌霄花。鮮やかなオレンジ色は晴れた空にも曇り空にも、そして雨の日にもよく映えます。


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