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ふさわしい不倫(28)

「あんたさ、増田大地と不倫してんだろ。
クズ女が。
死ねよ。」

青年が私の左腹を刺した。

恐怖で頭が真っ白になって、
目の前は真っ暗で、

痛い、
怖い、
痛い、
痛いよ、
怖い…
助けて…





目を覚ますと病院のベッドに寝ていた。

白い天井。
部屋の右の角、カーテン、窓の枠、
少しずつ首を傾けると、大地がいた。

こんな顔だったっけ。
目の下に深いシワがある。

「良かった。
目が覚めて。」

「私、死んでない。」

「うん。」

「男の子…」

「ごめんね。
あれは俺の長男だよ。
本当にごめん。
本当にごめんね。」

「あぁ、
あんなに大きい子なんだ。」

「そう。
体がでかくて。」

「私は?」

「大丈夫だよ。傷は深くなくて。
2週間後には退院できる。」

「そう。」

「近所の人がすぐに救急車呼んでくれたんだよ。
ちょうどあいつがナイフ持って部屋から出るとこ見た人がいたんだよ。
俺もほとんど同じときに、
ちーちゃんの家に向かってたから、救急車に一緒に乗れたんだよ。」

「そう。
あの子は…」

「あいつは家にいる。
嫁が見れるか分からないけど。」

「あぁ、
鬱だっけ…」

「ごめんね。
まともなやつに育てられなかった。
俺、愛情注いだつもりだった。
あんなことになって、子供が変な方に行くことがあるからってケアの人に言われたから、
育児頑張ってきたのに…」

「うん…」


眠いよ。
麻酔が残っているせいかな。
眠くて仕方ないの。



また目を閉じて、いつの間にか寝ていた。

数時間経っただろうか、看護師さんが食べたいものなどあるかと声をかけてくれた。
食欲はなくて、まだ寝ていたいと伝えた。

大地はいなくなっていた。

こんな時も一人か、と涙が溢れた。
傷跡を見るのが怖い。
そんなひどくないって言ってたけど、
私の体、傷ついちゃったんだ。
妊娠したことないから、
きれいな体だったのに。

虚しくて、虚しくて、
声を上げて激しく泣いた。

ベッドの横の棚にあるティッシュを取ろうとしたら、充電中の私のスマホと置き手紙があった。

手紙には「また明日来るから、何かあったらすぐ連絡して。」と書いてある。

棚の手前には大きな紙袋があり、ユニクロで買った下着とパジャマ、タオル、ペットボトルの水、財布と家の鍵が入っていた。

大地が一通りやってくれたみたいだ。

だんだん落ち着いて、頭がはっきりしてきた。

いつだったか、前にあったこと。

大地が夜10時頃、今から私の家に行くと言って、いつもなら30分後には着くのに、40分過ぎても来ないことがあった。
大地は行く行く詐欺で、子供の寝かしつけでそのまま一緒に眠ってしまい、結局来ないことがしばしばあったので、またかと思い放っておいたら、50分後にやって来た。
何かあったの?と訪ねると、店でカレーを食べて来たと言う。
家族でご飯食べたのに、またカレーも食べたってこと?と聞き返すと、俺は寮長みたいな感じで、嫁と子供2人が食べ終わるのを見届けてから自分のご飯だから、と言った。

私は正直驚いた。
姉も私も小学校に入る前から、偏食なく自分でご飯を食べていたし、3年生くらいからお手伝いで簡単な朝食をつくったり、食器も洗っていた。

精神疾患のある大地の家族3人が、どの程度まで自力で生活できるのか、生活力のレベルが分かった。

大地が食べる分なら作って待っていたのに、と本当は言いたかった。
でも、二重生活になるのは良くないと思ったし、私が愛情を注いでも、大地が置かれている状況では私に愛情を注ぐことはムリなんだから、いずれ私が不満を持つようになるだろうと思って言えなかった。

やってあげたいことはいくつもあったし、
聞きたいこともいくつもあった。
でも、いつも言えなかったし、
聞けなかった。


(つづく)
















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