【選挙ウォッチャー】 「新潮45」で発表された杉田水脈議員のエクストリーム擁護について。

今年7月、杉田水脈議員が「新潮45」という雑誌に「LGBTは生産性がない」という記事を書き、大炎上の末、各地で抗議デモが行われるようになりました。一度であれば、編集担当がうっかり見逃して載せてしまったのかと思えるのですが、先日発売された10月号では「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特集企画が組まれ、杉田水脈さんとの共著『民主主義の敵』を書いている小川榮太郎さんが、とてつもないエクストリーム杉田水脈擁護を見せ、これまた大炎上しているのです。本当の民主主義の敵は誰なのかという話です。

今回の炎上は、出版業界で働いている人たちにも炎上の火が広がっていて、「新潮社とあろう大手出版社がこれでいいのか」と危機感を抱く人たちが「新潮45」に対して続々と抗議を行うようになりました。今回の問題は「本を売るためならヘイトも認める」という拝金主義的が原因ではなく、たとえ廃刊になっても差別をしたい「ネトウヨをこじらせた編集者による出版テロ」と言った方が近いのかもしれません。いずれにしても、「新潮45」は、新潮社の「出版社としての尊厳」を一気に破壊することになることでしょう。


■ 小川榮太郎さんは、ただの時代に遅れた不勉強オジサン

以前、杉田水脈さんが「新潮45」でLGBTに理解のない記事を書いた時に、すかさず物を申した僕なんですが、あの批判を受けて書かれた小川榮太郎さんの記事についても、しっかりと物を申さなければならないと思い、880円も出して「新潮45」を買いました。こんな本を買うぐらいなら、牛丼に卵をつけて2杯食った方がマシなんですが、買わずに批判するのはルール違反だと思っているので、今回もお金をドブに捨てる覚悟で「新潮45」を買い、きっちりと小川榮太郎さんに物申したいと思います。小川榮太郎さんも物書きなので、きっと僕が書いていることを理解するぐらいの知性は持ち合わせていらっしゃるだろうと思います。酒を飲みながらでも構わないので、ぜひとも耳を傾けていただきたいです。小川榮太郎さんは今回、杉田水脈さんのエクストリーム擁護をするにあたり、冒頭でチェスタトンやバークの言葉を引用し、「俺はモノを知っている」という牽制球を投げた上で、人間と書けばいいところを賢さアピールで「Homo sapiens」と言い換える中二病を発揮しながら、記事の途中でいきなりこんなことを書いています。

LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい。

つまり、記事の前段でさんざん「マスコミの異常な同調圧力、それらと連動しながら強化されてきた様々な弱者利権」とか「周知のように共産党宣言は『今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争之歴史である』と始まる」とか、七面倒臭い話をたくさんしながら、LGBTについて「私は詳細を知らない」と言い出し、「知らないけど、どうせマルクス主義の派生か何かなんでしょう?」と言っているのです。マスコミやら共産党やらを偉そうに語りながら、LGBTについては「知らない」と言っている奴が、ただただ偉そうに「杉田水脈議員は悪くない」と言いたいために、ここからたっぷり珍説全開なのです。

性には、生物学的にXXの雌かXYの雄しかない。雄しべ雌しべ以外に、レズしべとかゲイしべというのは無いのであって、Homo sapiensも同様だ。性別以前に回帰したければ来世はゾウリムシになればよく、雌雄同体に憧れるならカタツムリに生まれればいい。しかし、今はどんなに苦痛であってHomo sapiensである自分を受け入れる他あるまい。

ネット上では「痴漢する男の権利を認めろ」の部分だけがピックアップされていますが、実際にはLGBTに対する侮辱と偏見のオンパレードで、小川榮太郎先生こそ「Homo sapiensに生まれてしまったがために、文芸評論家を名乗るには知性と社会常識が足りず、LGBTの方々をはじめ、多くの方々を傷つけてしまったのだから、来世はゾウリムシに生まれろ。もしくは筆を折れ」という話です。まあ、進化する人間の文化について行けない可哀想なオジサンだからこうなっているだけなので、いくら小川榮太郎さんが「来世はゾウリムシになればいい」と言ったからと言って、僕まで「来世はゾウリムシになれ」と言うのは可哀想に思えてきたので、「筆を折れ」の部分だけを残して撤回しましょう。しかし、小川榮太郎さんは「杉田水脈さんは『LGBとTを分けるべきだ』と主張しているが、トランスジェンダーも分ける必要がない」という持論を展開し、こんなことも書いています。

性の不一致が心的事実として一定の確率で存在する事を私は否定しない。だが、それを言うなら、時代との不一致、社会体制との不一致、会社との不一致、家族との不一致も、人生の致命傷となり得る。

まさに今、「時代との不一致」をこじらせて人生の致命傷になろうとしている小川榮太郎さんの言葉には説得力がありますが、LGBTの問題はそんなに複雑な問題ではありません。共産主義とも関係ありません。ゲイだろうと、レズだろうと、性転換した人であろうと、見た目と心の性別のギャップ、あるいは好きな人の性別がマイノリティーだからと言って、無条件に差別される世界は終わりにしましょうと言っているだけです。その理由は、「僕たちの友達が無条件に差別される世界ではなくなるべきだから」です。そこそこ友達の多い人なら、同性愛者の友達の一人や二人ぐらいいることでしょう。もしかしたら他人に言えないだけで、いないと思っていてもいるかもしれません。そういう人たちを差別しない、侮辱しない、みんなが笑い合える世の中を目指して行こうじゃないかという話です。この「当たり前」の話を「時代との不一致」をこじらせている人たちは、あれやこれや理屈を並べて否定しようとしているのですが、これはもっともっと人間の本質的な話なのです。ただ、杉田水脈さん以上にこじれている小川榮太郎さんは、とうとうこんなことを言い出しました。

性に関する自意識など、所詮全て後ろめたいものではないか。古来秘め事という。性行為に関する後ろめたさと快楽の強烈さは比例する。同性愛の禁断、その妖しさは、快楽の源泉でもあるだろう。
LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。

小川榮太郎さんは壮大な勘違いをしていますが、立派な七三分けでパリッとしたスーツを着こなしているガッチガチの銀行マンが、ドMをこじらせた末に「女王様にシバかれ、紐で吊されながら飲むブルーマウンテンが極上の一杯ですね。まあ、私の下半身はファイヤーマウンテンなんですがね」と言っていても、「あ、そう」で終わりです。あるいは、お尻フェチのオジサンが「お尻フェチ歴はかれこれ40年ってところで、これまでに買ったお尻モノのビデオやDVDは4000枚以上。これは3回に1本のペースでお尻モノのDVDを買うというのを40年も続けている計算だよ。一般的に会社の存続率は10年で6%、20年になると0.3%と言われているんだ。ところが、私はお尻モノを40年。どうだ、すごいだろ?」と言ったところで、「そりゃすごいですね」で終わりです。ドMだろうと、お尻フェチだろうと、それで不当な差別を受けることはありませんし、嫌われることもありません。さっき小川榮太郎さんから言われたみたいに「来世ではゾウリムシになれ」と言われることはないのです。ただし、「痴漢」は違います。どれだけ痴漢モノのDVDを見ようと、どれだけ痴漢コンセプトの風俗店でハレンチを極めようと、そんなところにまで口を出す気はありませんが、電車やバスで見知らぬ女の人に痴漢をするのは「犯罪」であり、確実に被害者がいる以上、それを否定するのは「ムカつく奴は殺していい法律を作ろう」と言っているようなものです。

満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。彼らの触る権利を社会は保障すべきでないか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。

痴漢より覚醒剤の中毒症状の方が制御不可能な脳由来の症状だと言えそうですが、三田佳子の息子ですら「覚醒剤を吸う権利を社会は保障すべきではないか」とは言わないのに、「痴漢症候群の困苦を思ってお尻を触らせろ、さもなくば、LGBTだけがケアされるのは精神的苦痛が著しいので巨額の賠償金が必要だ」と言っているのですから、痴漢より小川榮太郎さんの脳の方がよっぽど心配です。小川榮太郎さんは同性婚について、「これは全く論外であり、私は頭ごなしに全面否定しておく」と書いていますが、どんな人が全面否定しているのかって「痴漢する権利を社会が保障すべきだ」とおっしゃる犯罪予備軍的変態のオジサンです。ここからは偉そうに「マルクス=レーニン主義の災厄の責任を誰が取ったのか」などと書いていますが、これを書いているのは「痴漢する権利を社会が保障すべきだ」とおっしゃる犯罪予備軍的変態のオジサンであり、最後には「人権真理教の諸君に三度言っておく、あなたがたはそこまで『権力』が好きなのですか」などと書いていますが、これを書いているのは「痴漢する権利を社会が保障すべきだ」とおっしゃる犯罪予備軍的変態のオジサンなのです。ただでも時代錯誤なのですが、変態はあくまで「法律の範囲内」でお願いしたく、一般の人たちが許容できないレベルの性癖を擁護し、「痴漢がお尻を触る権利を社会が保障すべき」という制御不能のテポドンみたいな言論は到底認められません。悪いことを言わないので、しばらくお休みになった方がよろしいと思います。


■ 「沖縄をダメにする『翁長雄志』弔い選挙」という記事

前々から「新潮45」が、ろくすっぽ現場に行かずに評論をしているダメなオジサンたちの巣窟と化しているとは思っていましたが、小川榮太郎さんの記事以外にもツッコミどころ満載なオジサンたちがいまして、篠原章という評論家のオジサンも酷いです。「沖縄をダメにする『翁長雄志』弔い選挙」という記事を書いていて、「『基地問題』など、今やたんなるお飾りの一つに過ぎない」と断言しています。実際に沖縄に行って、沖縄で暮らす人たちに話を聞けば分かりますが、基地問題はけっして「お飾り」ではないし、辺野古基地の建設推進をしている佐喜眞淳さんを応援している人たちにも正義はあって、辺野古基地が完成すれば普天間基地が返還されるに違いないと思っているから応援しているのです。今回の沖縄県知事選で最も関心の高い争点は「基地問題」ですし、佐喜眞淳さんはあの手この手で争点化しないように努力してきたけれど、争点化してしまっているから票が伸び悩んでいるのです。これを「たんなるお飾りの一つ」と断言してしまう評論家は、沖縄のことをまったく理解していないので、今すぐLCCで沖縄に旅立つべきです。ましてや、翁長雄志さんが辺野古基地の承認を撤回すると言いながら、実際のところは1年以上も撤回してこなかったのは何もできなかったからだと評論しているのですが、翁長雄志さんが病気でなければ、もっと承認撤回の時期をもっと伸ばしていたかもしれません。本気で辺野古基地の建設を止めようと思ったら、兵糧攻めのように時間をかけて承認を撤回し、実質的に工事ができないように追い込んでいかなければならないのです。いまや最高裁判所の判事たちは全員、安倍晋三総理の息がかかった人たちだけで構成されている世の中で、「三権分立」の概念は有形無実化しているのです。もちろん、裁判で勝つのが望ましいわけですが、決着がつかずにズブズブの泥沼にハマることになっても、1週間でも1日でも工事を延期し、その間に打開策を探る必要がある。承認撤回を表明してから引っ張れるだけ引っ張ってきたのは、当然、作戦があるのです。どうしてすぐに承認撤回しなかったのかを理解できず、「どうせできなかったんだろう」と語ってしまう机の上のオジサンの偉そうな評論はまったく必要ありません。現場に行ってください。こんなのを読んで膝を打つ読者がいると思っているのだとしたら、「新潮45」というのは読者をナメまくっているとしか思えません。情弱のために作っている雑誌でしょうか。

今回の県知事選も、安保や米軍基地、補助金漬けの経済体質や貧困がテーマではなかったのだ。統制のとれていない自民党は、翁長氏の亡霊や小沢一郎氏と闘おうとしている。一方、ボロボロの身体を引き摺る寄り合い所帯・オール沖縄は、恥も外聞もなく「遺言」を持ち出し、スキャンダルに怯えながら、小沢一郎氏に助けを求めている。

この人は本当に沖縄に行った方がいいと思います。もはや沖縄県知事選は「弔い選挙」という形にはなっていません。翁長雄志さんを前面に出すことなく、日米地位協定、米軍基地、補助金漬けの経済体質、貧困と向き合いながら選挙が展開されており、問題に向き合おうとしている玉城デニーさんに人気が集まるものだから、ここまでの沖縄の歴史を作り出してきた当事者である自民党推薦の佐喜眞淳さんも向き合わなければならない事態になっています。今回の沖縄県知事選は、どのような結果になったとしても、沖縄にとって非常に意義のある選挙です。現場に行っているとは思えない評論家のオジサンが何を語っても、「百聞は一見に如かず」です。


■ 選挙ウォッチャーの分析&考察

昨今の日本は、こうしたインテリぶって無責任な発言をするネトウヨ言論人が闊歩しています。「新潮45」をはじめ、「月刊Hanada」「正論」などの思想の偏った本が、一定の読者数を抱えており、出版不況の本屋さんで平積みされているからです。しかし、ネトウヨ言論人の多くは単なる「共産党嫌い」なので、基本的に言っていることが毎回同じなのです。小川榮太郎さんの記事を見れば一目瞭然ですが、あのニュースこのニュースにいちいち「だから共産主義はダメだ」と言っているに過ぎません。しかし、実際には日本共産党すら「共産主義」ではないので、この世に存在しない大きな敵と戦い、一切の進展がないので毎回同じ話をすることになるのです。実際にはニュースを斬っているのではなく、ニュースをフックに「共産主義」という謎の大きな敵を斬ろうとしているに過ぎません。そうすると毎回内容が同じで読者に刺激がなくなってしまうので、だんだん飽きられてしまい、数字が伸び悩むと著書も売れなくなるため、「それなら痴漢がお尻を触る権利も認めるべき」みたいな「過激ユニーク」を入れ込むことになるのです。本人としては「面白いでしょ?」ぐらいのテンションで書いているはずです。ただ、この「過激ユニーク」というのは命綱なしのサーカスみたいなもので、誰でも簡単にできるものではありません。運動神経の悪い奴が「過激ユニーク」に手を出すのは、作家生命に関わるのです。何度も訓練を重ねたベテランでもコンディション次第で落ちることがあるのに、小川榮太郎さんのようなガッツリと右に傾いて左右のバランスが取れていない人が手を出すと、杉田水脈議員と同じように激しく燃え上がってしまいます。小川榮太郎さんは数多くのネトウヨ言論人の中の一人でしかありません。まだまだ同じような差別意識を持ち、トンデモ言説を重ねるオジサンたちはたくさんいます。だから、僕たちはこれに飽き足らず、日々、チェックしては間違えているものには指摘していかなければなりません。ネトウヨを放置してきた結果が、これだけネトウヨが蔓延る原因になってしまったのですから、ネトウヨの話はこれからもチェックして、どんどん間違いを指摘していくべきなのだと思います。コツコツと頑張りましょう。[了]

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