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人の色気

その人は申し訳なさそうに肩を丸めて、柔らかく笑っていた。
少し苦笑いの混じった微笑みが印象的だった。
明らかに人が良さそうで、39度も熱があるのに、しんどいともしんどくないとも言わず、話しかけるとただ柔らかく笑うだけ。辛くても顔に出さない性分なんだろう。だから心配で気になって仕方なくなった。

こういうの、色気っていうんだろうか。

普通色気といえば、女性のミニスカートからのぞく足とか、髪をかき上げる仕草とか、男性なら車でバックする時に助手席に回される手とか、を言うと思うんだけど。

わたしは人を見る目がある方だと思っていたんだ。初対面のその人の性格を見誤ることは少なかった。若い時はその直感を疑うことがなかった。それは同時にその人を深く知らないのに、その人を毛嫌いするということにも繋がった。

歳をとると、嫌いな人の、そんな風になった性格の裏側や重ねた年月を知ることもあり、その過程から推察すると、それなら仕方ないか。意外に可哀想な人なんだな、とか思って嫌いになれなくなったり。

嫌いだと思っていたところも、実はそれは自分の嫌なところだったり、年月が経つと嫌いな人の嫌いなところも実は優れているところだったり。仲良くはなれないけど、もうさほど嫌いじゃないかもな、なんて思ったり。

そんな価値観もまざるから、人を見る目は濁ってしまった。だから最初にその人に感じた違和感を気のせいかな、と思うことが増え、結果その人から何かされた時に、やっぱりこっちのタイプの人だったかって、直感を信じなかった自分を悔しく思うことが増えた。

だから、この明らかに人の良さそうなこの人も、実はめちゃくちゃ性格悪くて、構うわたしをうるせーばばーとか思ってんのかな、とか思ってしまうと、怖くなる。いや、でもそんなはずはない。あんなに柔らかい雰囲気はなかなか纏おうとしても纏えない。

普通、大体の人は、体調が悪いと不機嫌を背負ってくるもんだ。どんな人でも余裕がない。当たり前だ。自分もそう。そして相手に当たらなくても、イラつきはちょっとした会話の中にそれは見え隠れする。看護師はそれを捉えて離さない。それは他の病気が隠れていたり、クレーム対応につながっていたりするから。

反対に言えば、それが出来ないと、クレームをもらう、病気を見落とすことにつながる。

ちょっとした言葉の端々、表情、目線、身体の動かしかた、呼吸、息遣い、話し方のクセ、声のトーン、姿勢、歩き方、などなど、そんな受け取れる情報からその人を次々にアセスメントしていく。なんかおかしいなこの人、に医学的根拠を乗せる。

でもそんな経験を持ってしてもよくわからない人っているもんだ。この柔らかい人。態度のフラットな彼だ。

普通の人はほんの少しでも性格を出してくる。この人は全然わからない。だからふと惹かれたのかな。この人は到底気づいてなさそうだけど。

こんなふうに心を掴んで離さなくさせるもの。この人にとってはこの佇まい。

人の色気って本当はこういうことを言うんじゃないのかなって思った瞬間の話。





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