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僕たちのラスト・ステージ:語り継がれなければならない達人の世界と、相棒の愛情のドラマ

『僕たちのラスト・ステージ』(Stan and Ollie, 2018)は、ハリウッドの黄金時代に活躍したコメディ・デュオであるローレル&ハーディ、つまりスタン・ローレルとオリヴァー(オリー)・ハーディーの伝記をもとにした映画である。といっても映画は、活躍していた1930年代ではなく、邦題にもあるように、1957年のかれらのラスト・ステージに、焦点を当てたものになっている。

スタン・ローレルは、若い頃チャップリンと同じ劇団で演じていた、イギリスのコメディアン。スタンは普通の体型だったのだが、身長185cmで体重125kgのオリー・ハーディーの隣にいると、子供のように小さく見える。巨漢のオリーが、細くて小さいスタンをいじるのだが、巨漢のオリーもまたトボけたキャラなので、ふたりは対等に、ドタバタなバカをやらかす。

ギャグを考え、脚本を書くのは、いつもスタン。つまりコンビのブレインは完全にスタンなのだが、スタンが書いた脚本やギャグを、オリーはいつも、すばらしいと絶賛した。実際すばらしいのであるが、自分とオリーが演じるということに焦点を当てて書き、書いたものをオリーがそうやって心から賞賛してくれるからこそ、スタンの創作力も、磨かれていったのだろう。うらやましい関係である。

しかしいうまでもなく、こういうコンビの関係には、蜜月もあれば、破綻もある。書き手、作り手としてのスタンは、ローレル&ハーディーを面白くすることに、頭を集中している。それでなければ、創造しつづけることはできないだろう。かれは、仕事をするために生きていた(He lived to work.)。

それに対してオリーは、陽気で人当たりも良く、ゴルフなどの趣味を楽しみ、生きるために仕事をしていた(He worked to live.)。脚本を書く必要もなく暇があったのだから、まあ当然である。

クリエイターとしてのスタンが、プロデューサーのハル・ローチに、世界的に有名になっているのに安月給でこき使われている、と抗議すると、スタンは解雇された。しかしオリーはプロデューサーのもとにとどまり、別のコメディアンと仕事をつづけた。スタンが裏切られたと思うのも、もっともだ。

こういった長年のドラマを締めくくるように、1957年、かれらは最後のステージである、イギリス・ツアーを行った。ラスト・ステージをやっていく間に、次々に起こるドラマのさなか、お互いがお互いに対してずっと思っていたことなどが、ふたりの間で、堰を切ったようにあふれ出す。まさに確執がありながらも強く愛しあっていることを、晩年のふたりは確かめあう。

もともとのローレル&ハーディが、まさに人間として深いところで笑いと涙を誘う、稀有な存在であったからこそ、それを演じる俳優たちは、怯んでしまう(intimidating)と同時にたまらなく魅力的な(irresistible)挑戦を、せまられた。かれはその挑戦に、これ以上ないだろうというくらいの完成度で、応えている。本物のローレル&ハーディが、現代に蘇ったようなのだ。

オリー役のジョン・ライリーは、とにかく子どものときから超肥満の巨体であったオリーの身体の「重み」がかれに与えつづけた、人格への影響力を、思考した。さまざまな行動や仕草を逐一追体験してみることで、オリーであることはどういうことだったのか、という深い部分を理解し、表現したのだ。外見から中身に入るということの真実を、まさに映画で見せてくれている。

スタン役のスティーヴ・クーガンは、こんなに本質を捉えた演技をどのように実現したのか、と聞かれて、hours and hours, practice after practice、と即答した。さまざまな資料をもとに、かれらのダンスや身体の動き、喋り方などをマスターしていくために、とにかく日々何時間も、練習につぐ練習を繰りかえしたのだ。日々、こうだと思えるように理解と表現を進化させながら、存在の再現を、練り上げていく。

そしてそれにちゃんと気づいて反応してくれるジョン・ビアード監督の、俳優を大切にする態度と熱意が、かれらの演技に最良の環境を提供した。

過去の達人の世界を、現在の達人が自分のなかで追体験しようとする真摯な営みが、また見事な芸術表現として再現される。これこそ人間の文化であり、こういうふうにして、文化は継承されなければならない。それがわたしの、切実な願いである。

ローレル&ハーディやこの映画については、また稿をあらためることにするが、とにかく多くの人に見てもらいたい、そしてローレル&ハーディについて知ってもらいたい、おすすめの映画である。

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