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750円のグッドカルマ

インドのバラナシにはガンジス川がある。
ガンジス川にはガートという階段状の親水施設が84もあり、インドの人々はここで沐浴をし、炊事をし、洗濯をし、そして葬礼をする。
マニカルニカーガートは火葬場として有名なガートだ。

火葬場が見たい。
仲良くなった旅行者2人と連れだってマニカルニカーガートへ向かった。

川べりを歩いているとだんだん煙たくなってきて、そしてマニカルニカーガートに着いた。
ガートの入口でガイド役のボランティアスタッフと挨拶する。
「ここでは写真はNGです。私語もやめてください。敬意を払って。」
それからは火葬場のなかを移動しながら、ガートの歴史や火葬の仕方などについて説明を受けた。その間もたくさんの遺体が運び込まれ、そして焼かれていく。
マニカルニカーガートはシヴァ神が作った特別なガートで、ヒンドゥー教徒は誰しもここで火葬されることを望んでいるらしい。
遺体はインド中から運ばれてきて、1日に300体もの遺体を焼くそうだ。そのため火葬場は365日24時間休まず遺体を焼いている。
遺族が泣くと故人がニルヴァーナ(涅槃、安楽の世界)に入れなくなるため、遺族の女性は火葬場には立ち入れないらしい。女性は感情的だから、と言われて女の私はなんとも言えない気持ちになった。なにはともあれ火葬場には男性ばかりで、淡々と葬送が進められていく。
遺体はオレンジ色や金色のきらびやかな布に包まれて、ガンジス川で最期の沐浴をしてから焼かれる。焼く場所はカーストによって変わる。遺灰はガンジス川に流される。
遺体を焼く火は3500年燃え続ける神聖な炎から注いでくる。遺体を焼く薪も特別なもので、雨が降っても火が切れないという。また薪のおかげで臭いも抑えられるんだとか。確かに火葬場では木が燃える臭いはするものの、悪臭はない。
この薪というのがまた高価で、1kg1500ルピーくらいする。遺体ひとつ燃やすのに必要な薪は約80kgというから、トータルで12万ルピー、つまり18万円ほどの金額がかかるのだ。インドの物価を考えるとべらぼうに高い。貧乏で薪が買えない人は、火葬に来た裕福な遺族から援助してもらって薪を買い集め、それでも足りない時は旅行者からの寄付金を使って薪を買うという。火葬場のすぐそばにはホスピスがあって、貧乏で家も身寄りもない老人はここで死を待つのだそうだ。ホスピスの老人たちが亡くなった時の薪代も、寄付金から支払われる。

一通り案内も終わると、最後に薪代の寄付を募られた。私はあまりお金もないし、と500ルピーを寄付した。日本円で約750円だ。
「ここでの寄付があなたのカルマを良いものにしてくれますよ。」
そうガイドは言う。
私はマニカルニカーガートで750円ぶんのグッドカルマを積んだらしい。

ガイドとはその後お別れしたけれど、別の青年が私たちを連れて再度火葬場を近くで見せてくれた。
本当に近くで、人が灰になっていく様子を見た。
積まれた薪の下から飛び出した脚や頭が見えた。
この体がついこのあいだまで、もしかしたら今朝まで、生きていたのかと思うとなんだか信じられないな、と思いながら焼けていく足の裏を見ていた。
と、ボランティアスタッフが竹の棒を片手に近づいてきて、目の前の遺体の脚を叩いて折った。折れた脚は竹の棒によって薪の中に押し込まれ、また一段と燃えた。

故人は指輪やネックレスなどの装飾品をつけたまま火葬される。だから火葬場では灰の山からそういったジュエリーを拾い集めて市場で売る人間がいるらしい。そのことは誰しも知っている常識なんだとか。
カーストの高い人の遺体を焼く台の上で昼寝しているスタッフもいた。
火葬場で盗みとか昼寝とか、一体なんなんだ、と思ったけれど、まあ案外そんなもんなのかもしれない。
インドの人々は私よりもずっと死と寄り添って生きている。自然に死を受け止めている。生と死が地続きであることを芯から知っている。そんな感じがした。すこし憧れた。

ゲストハウスに帰って全身に浴びた灰をシャワーで流しながら、750円ぶん良くなった私のカルマについて考えた。
なにか救われたんだろうか。よく分からない。


【余談】
あらゆる人を火葬して送るマニカルニカーガートだけど、火葬を行わない場合もあるという。
それは故人が
・10歳以下の子ども
・妊婦
・サドゥー(ヒンドゥー教の修行者)
・コブラに噛まれて死んだ人
である場合。
これらの人たちはピュアな魂を持ち、火葬をせずともニルヴァーナに入れると考えられているので、その遺体は水葬されるんだそうだ。具体的に言えば、おもしの石と一緒に布に巻かれてガンジス川に沈められる。
ガンジス川には死体が浮いてる、という話があるが、それはこの水葬された遺体のおもしが外れて浮き上がってきたものだという。


#インド #バラナシ #ガンジス川 #旅行

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