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第2回蒼海賞受賞作品 「ゆづりは」

ゆづりは      千野千佳

水引のはな妊娠を夫に告ぐ
秋声や太らせてゆく玉子焼
じやんけんのまへ秋天に手をかざす
マスカットけふはつはりの軽き日よ
袖口のフリル爽やか男役
全員が虫売の顔忘れけり
話したきひとの遠くて芋煮会
木の実降るあれこれはさむ母子手帳
妊れる身体の熱し神の留守
薄紙にくるむベーコン漱石忌
鉄柵の奥の聖樹の灯りけり
賀状かくホテルのペンのすべりよし
フロントにすぐにつながる初電話
ゆづりはや胎動に手のあつまり来
大服の金箔ぐいと飲み干せり
胎の子が膀胱を蹴る初仕事
太陽のにほひ立ちたる冬着かな
火をとめて蕪みるみる透きとほる
妊れる手のふつくらと蜜柑むく
マフラーに我が家のにほひありにけり
湯通しの鰭ぴんと立つ春隣
旧正やせめぎあひたる雲のいろ
鉄棒にぶらさがる子の春の臍
退職の菓子のかるさよ風光る
雛の間に母を迎へにゆきにけり
春雷やシュークリームのうすき底
左向きにしか描けない春の馬
似顔絵の大きな鼻や春祭
春炬燵家族会議に手を挙げて
エプロンの紐むすびあふ日永かな


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