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アントレを学ぶことは自身を深く知ることだ

バルセロナに来てから丁度2ヶ月が経過し、先週第2モジュールが無事に終わった。前回の記事ではHarbour.Spaceという大学院の特徴や、少人数かつインターナショナルな環境、そして英語の日常会話にやや苦戦しているという悲しい現実について書いた。ありがたいことに知らない方からご質問やご連絡をいただいたりしたので、今回はもう少し授業の中身について書いていきたい。ご参考までに前回の記事も載せておく。

授業の名前は「Limitless Human Becoming」

モジュール2の授業のタイトルは、”Limitless Human Becoming”。タイトルからは何をやるのか全く想像がつかないだろう。シラバスには、『”What is Life”と”Who am I”という問いに向き合う』と書かれていたのだが、正直なところモジュールが始まるまでは、なぜこれがアントレの授業として設けられているのかとやや懐疑的に構えていたりもしていた。ただ、3週間のモジュールが終わって率直に感じるのは、間違いなく最高の授業だった。終わってからまだ日が浅い故、高揚感に依る部分もあるとは思うものの、人生で受けたあらゆる講義や授業の中でも強烈に記憶に残る授業の一つだったと確信している。ついては、まだ自分の中で消化し切れていない部分もあるが、それも含めて振り返りとして書き残しておきたいと思う。

始まりは奇妙なルーティーンから

授業は毎日冒頭に必ず全員で奇妙なルーティーンを行うことから始まった。内容は、主に下記の4つ。

① Breathing Exercise
「4秒で鼻から息を吸って、4秒息を止め、6秒かけて息を口から吐き、4秒息を止める」を1セットで、3回繰り返して行う。
② Gratitude
ぱっと思い浮かんだ人に対して、ショートメッセージで、感謝のメッセージを送る。その際に簡単に理由を添える。
③ Reflection
もしも今日が人生最後の日だったら何をするか、さらにもし明日何か少しだけ変えるとすれば、何を変えるかを考えて、簡単にノートに書き記す。
④ Open Floor
制限時間3分間で、皆の前で何かを自由にシェアすることができる。パフォーマンスではなくあくまでもシェアであり、何をしても良い。

最初は恥ずかしさも相まって抵抗感もあったけれど、毎日繰り返しているうちに、だんだんと自然にできるようになってきた。また日を追うにつれて、自分の中の捻くれた部分や汚い部分が少しずつ浄化されるような気がしてきて、まるでサプリを飲んでいるかのように気分も良くなっていった。最も、単にこれだけを何も考えずにやれと言われたら、少し危ない宗教法人かブラック企業感も否めないとは思うが、これらをやる理由を3週間の中で理論に基づきながら確からしく明示してくれたこと、またあくまでも強制ではなく「実験としてやってみて気に入らなければやらなくても良い」ということを強調してくれたため、比較的すんなりと受け入れられたという面は大きいと思う。

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また、④のOpen Floorは非常に面白かった。皆の隠れた一面や、会話からは気づくことのできない非凡な才能に触れることができ、どんな自己紹介よりも刺激的だった。(ちなみに自分は練習パッドを使って、ドラムの基礎練を皆の前でシェアした。)とはいえ、授業の中身も大変に充実していたので、これらのルーティーンの後に、日々どんな授業が展開されたのかをもう少し具体的に紹介していきたい。

自分を多角的に理解する1週目

1週目は、主に心理学の理論や定説を取り上げながらディスカッションを行い、自分自身を多角的に把握するところから始まった。特に印象に残ったパートを簡単に紹介したい。

交流分析(TA)
エリックバーンが提唱した、心理学パーソナリティ理論。個人的に特に面白かったのは2点。1つは、PACモデル(Parent/Adult/Child)を使って、親子のコミュニケーションの歪さを題材にしながら、人々が目指すべきコミュニケーションのあり方についての討議。もう1つは、Transactional Analysis Driverと呼ばれる指標を用いて、自分が育った環境によって形成された行動や思考回路の特性を理解するというもの。興味がある方は、簡単に計算できるGoogle Sheetを貼っておくので是非トライしてみて欲しい。

結果が出たら、RESILIENCE AND TRANSACTIONAL ANALYSIS DRIVERSで確認すると自分の思考特性であるTA Driverを理解することができる。ちなみに自分は、”Try Hard”が最も強く、高いコミットメントを示すことができる反面、高いゴールを置きすぎて達成できなかったり、「すべき」と「したい」を混同しがちであるとの結果が出た。正直、あまりに的確でぐっさりと抉られた気分であった。

Emotional Intelligence
いわゆるEQで知られるダニエルゴールマンの提唱した理論で、自分や他者の感情を理解・識別し、それらを情報として自身の思考や行動に生かすことができる力のこと。後天的に身に着けることができるスキルであり、傑出したパフォーマンスや非凡なリーダーシップを発揮するだけでなく、自身が幸福な状態を創出する能力とも言われている。主に下記の4つの領域からなる。先ほどのGoogle Sheet内の別シートに簡単に計算できるシートを作ってみたので、こちらも興味があれば、是非試してみて欲しい。

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自分は、”Self Management”の数値が低く、TAのTry Hardとあまりに合致する面が多くて少し衝撃だった。つまるところ、自分は他者に対して尽くすことに心血を注いでいるのだが、それは自分のことを後回しにするための非常に狡猾な言い訳だと気づかされた。なかなか残酷である。

自身の内省を深める2週目

2週目は、課題図書であるThe Fall of the Human Intellectの内容を踏まえてディスカッションをしつつ、生きがいや自分は何者かというステートメントを試行錯誤して構築しながら、自分自身の内省を深めた週であった。

The Fall of the Human Intellect
まず、端的に素晴らしい本だった。人間は、肉体・精神・知性からなる生物であるという前提に基づき、欲望や感情ではなく知性に基づいて生きるべきだと主張する本なのだが、一つ一つの章が非常に示唆に富んでいた。

さらに授業として素晴らしかったのが、教授のパーソナルな体験を交えつつ、1週目に学んだ内容がしっかりとリファレンスとして出てくること。異なる理論や定説をブリッジしながら、自らのTAを理解し強みにつなげるために知性がどう役に立つのか、なぜ自らの感情を情報として処理できるEIがスキルとして重要なのか、なぜ感情に囚われることが際限のない願望に繋がってしまうのかなど、興味深いテーマについての議論を交わした。特にクラスの中で盛り上がったのは、「愛着と愛情の誤謬」、「願望の功罪」、「インテリジェンスと知性の違い」など。ご興味ある方は、是非ご一読されたし。

バディグループの効用
1週目の最後に、4人組でバディグループと呼ばれるグループを組成させられた。アルメニア出身の18歳、ロシア出身の21歳、オーストリア出身の24歳、そして私(33歳)というまさにダイバーシティここに極まれりというメンバー構成。このバディグループには、下記のような3つのルールがある

Commitment:誰も欠席してはいけない
Collaboration
:発言は全て受け入れられ、善悪は決して判断されない
Confidentiality:全ての発言は決してグループ外に口外されない

上記のルールに基づき、自身の半生や自分自身の価値観を互いにシェアしていくうちに、辛い思い出やトラウマ、コンプレックスも自然に曝け出すことができるようになり、親友や家族ともまた違った深い繋がりを構築されたのだ。その証拠に3週間の授業が終わった後も全てのバディグループが、継続して年間を通して活動することを宣言していた。曰く、世界中の著名なCEO同士も同様にバディグループを複数築いているらしく、教授自身も身をもってその価値を実感しているとのことだった。確かに何を話しても受け入れられるコミュニティは、替えがたいものだと思う。

人生の指針をアップデートする3週目

3週目は、2週目までの内省を踏まえて、自らの人生を捉え直し、人生の指針をアップデートする週だったと思う。最も濃密であり、かつ苦しんだ週でもあった。ここでも特に印象に残ったアクティビティを紹介したい。

アクティブリスニングの力
IGROWというコーチングのフレームを使いながら、悩みを共有し解決策を模索するというもの。参考までにIGROWは下記の通り。

Issue = 何についての議論であるか
Goal = 議論のゴールは何か
Reality = 実際に起こっている事象は何か
Options = 具体的な解決策として何ができるか
Will = 何をすべきか

フレームワーク自体はありふれていると思うが、興味深かったのは相手の悩みに対して何も意見を言わずにただじっと耳を傾け、話し手が止まったら、「もっと話して」とだけ促すというアクティビティ。不思議なことに、自分自身に対する内省がわずか10分程度の間で深いレベルまで到達した。誰かが自分の話を聞いてくれているというだけで、これほどまでに自分自身を理解する上で効果を発揮するとは思わなかった。もし何かにスタックしている人は、身近な友人に対して試してみて欲しい。きっと自分の口から出てくる言葉に驚くと思う。

自らにエネルギーを与えるものと奪うもの
このアクティビティは、文字通り自分にとって活力を得るものと奪うものを列挙し、それをグラフで数値化してみた上で、バディグループのメンバーと一緒にどうすれば自分がより活力を効率的に得られるかを討議するというものである。グラフは、下記のようなイメージ。

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このアクティビティは、自分が何に喜びを感じ、何にストレスを感じるかを把握することができる。皮肉なことに、自分はTry HardのTAドライバーが強いにもかかわらず、最もエネルギーを奪われるのは、「自分の時間を無益に奪われたと感じること」だった。書いてみれば当たり前にシンプルなのだが、多角的に議論したことで気づいたという点において、自分の中での納得感が非常に大きいと感じている。

モジュール全体の振り返り

上記で紹介したアクティビティやセオリーはほんの一部であるが、授業の内容を総括して言えば、自身を理解するということに尽きると思う。特に自分の場合は、いつからか自分自身であろうとするよりも、他人の期待や存在しない幻想に囚われて、”Try Hard”であろうとしてきたと思う。教授のコメントも金言に溢れていたが、その全てが自分の人生を考える示唆につながっていた。なぜアントレの初期授業としてこのモジュールが組み込まれているかが、今は痛いほどわかる。アントレはマインドセットであると共に、自分の人生に向き合うことから始まるのだと確信を持って言える。

ちなみにモジュールの最終日はプレゼンテーションで、一人10分の持ち時間を与えられ、授業全体を通した振り返りと人生に対する新たな主義の宣言を発表し、何らかのアーティスティックな表現をシェアせよとのお題だった。なので、振り返りを交えつつ、自分にとってのライフステートメントを下記のように宣言した。

”Don't try hard, but try to be myself.”

そして、アーティスティックな表現のシェアとして、人生で初めてフィンガードラムの即興演奏を行った。個人的に反省点もたくさんあったけれど、多くのクライスメイトから終わった後にねぎらいの言葉も沢山かけてもらうことができたので、果敢に挑戦して良かったと実感している。

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