言の葉の行方ver.3
気づけば僕は、涙が止まらなくなっていた。そこには何の悪意もなく、ただただ悲しい事実とその結果の悲しい現実があるだけだった。幸せだった家族の形がその男の義憤に駆られた行動によって全てが壊れていく様は、読むのが正直辛かった。もう会えない娘にもう一度会いたい、自分が生きた証を伝えたい。妻が、娘の母親が亡くなったことを人づてに聞き、自らの死期も悟った男は必死の思いでこの手紙を書いたのであろう。文字遣いの丁寧さにも、手書きの文字の書体にも、この男の几帳面さと娘への思いが溢れていた。文字には記されていないが、最後に会いたい。会って謝りたい、自分の生き様を洗いざらい話して、そして受け入れて欲しい。そんな切ない男の思いが剥き出しになったこの手紙には、手にした以上の重みが感じられた。
そんな手紙が、今僕の手元にある。思いを届けたい娘の行方は不明なまま、行く宛をなくして彷徨っている。それは僕の生き様と同様にふらふらとして、落ちどころもなく宙を舞うようだった。何故か僕は、自分の無為な人生を深く反省していた。ここには失敗と挫折の人生しかない。でも何故か僕はこの男強く惹かれていた。20年近くも会えないでいる妻と娘への思いの強さが半端ないのだ。彼女も恋人もいない、夢も希望もない、欲しいとも望まない無気力な僕には、この男の思いは眩しいほどに輝いて見えた。
会いに、行こう。行って、正直に包み隠さずに話そう。僕は迂闊で未熟な自分を恥じるとともに、それでもこの手紙を書いた男に会いたくなっていた。会って、謝ろう。そして、これからを話し合おう。僕にだって、この男の思いを遂げる何かの助けができるのかもしれない。だからこそ、会おう。今すぐにでも。そう覚悟を決めた僕は時計を見た。外はいつの間にか暗く、夕陽も落ちて夜の帳が辺りを覆っていた。僕は男の住所から電車の乗り継ぎを調べた。普通電車を駆使すれば何とか辿り着けるだけの金は財布にある。行こう、行かなくはいけない。もう、こんな暮らしのまま日々を過ごしてはいけない。僕はいつしか男の思いに飲み込まれるように、急いた感情を抑えることもできず夜が明けるのをじっと待った。簡単な着替えと、いやその前にまず身を清めよう。こんな姿と身なりでは失礼だ。僕は大した備えもできないのだが、それでも精一杯の支度をしようと何もない部屋を漁り、最低限の身支度を整えていた。明日は早い。日が昇る前、始発でここを発とう。昼過ぎには病院に着けるだろう。何から話せば良いのか、どう自分を話したら良いのだろう。僕はその男との面会を前に、ひとつひとつを注意しながら考えていた。男が娘に受け入れて欲しいと願うように、僕もこの男に受け入れて欲しい。こんな願い事も滑稽ではあったが、それでも僕は本気でそう考えていた。
(イラスト ふうちゃんさん)
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