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キツネなシッポと遊びましょ、の話エピソード2その③お菓子教室の午後

とりあえず話④を読んで頂ければココの世界観が伝わります。
うっすーい世界観でスイマセン。日々に疲れたそんな時、ぜひどうぞ。

「陸クン、海クン、ダメでしょ。何してるんですか!」
仁美さんの声に、ボクは我に返った。制服姿の女子警官を交えたひと家族の珍妙な光景を、周りの人たちは何ごとかと注目していたが、すぐにもとの日常へと意識を移していった。仁美さんは両手で子どもたちを抱き寄せると、僕に話しかけた。
「ゴメンね、広瀬クン。うちの子どもたち、とっても元気いっぱいなの。」
仁美さんはどこまでも優しかった。ボクの行者姿を見てもひるまずにいてくれた…ありがとう、仁美さん。やっぱりボクは今でも君のこと、好きみたいだ。3回だけど。最低3回もだけど…

ボクがひとり郷愁にふけっていると、また脳内領域に意識が飛んできた。
…何考えてんのよ。ホント最低…全部先輩に言いつけてやるんだから。
…何だよ、ボクの脳内領域なんだから好きなようにさせてくれ。オトコのロマンってヤツが分からないのか?それにお前の脳内だって結構下品だったじゃないか!
…全部アンタのせいじゃない!もう知らない!

女子警官はイーって顔をすると、行ってしまった。とりあえず逮捕はされないようだ。知らないだろうが、ボクはヨガのポーズなんて全然平気なんだ。毎日のようにもっときついポーズでシメられてるんだ。

子どもたちのシッポへの興味はすっかり薄れたようだ。早く行こうよって、下の子が仁美さんの手を引いていた。子どもというのは興味がコロコロと変わっていくものだ。仁美さんは、じゃあ広瀬クン、お元気で。そう言うと子どもたちと手をつないで通りの向こうへと歩いて行った。

後に残されたのは僕とシッポ様だけだった。辺りには相変わらず甘いニオイが漂っていた。ガラス窓の向こうを見ると、中にいた女子と目があった。彼女は驚いたようだが、うつむくと黙々とケーキ作りを始めて二度と顔を上げようとはしなかった。

何とはなしに、悲しい気がした。ボクは社会から拒絶された人間なのでは?誰に何かを言われた訳ではない。一応会社員として社会の歯車として機能はしている。一応結婚して奥さんもいる。わずかでも稼ぎを得て、税金を納めて、人に指さされるようなことは(あまり)していない。でも何とはなしに、虚しく感じられるような、そんな気がした。

「何してんのよ。こんなトコで。」
背後から声がした。奥さんだ。左手にケーキ屋さんの箱を持っている。
「何って、何も。どうしたの?こんなトコで。」
「それはコッチのセリフなんだから。早く帰ろう。ケーキ、買ってきたよ。知ってる?今日は父の日なんだよ。」
「父の日?でもウチには子どもなんていないし、ボクはまだ父じゃないよ。」
「そうね、まだ何も言ってなかったから。でももうすぐお父さんになるんだよ。」
そう言って奥さんは恥ずかしそうにお腹をなでて見せた。その仕草で仁美さんと奥さんの影が重なったように見えた。ボクはコトバを失った…
「え、それって…」
「いいから、早く帰ろう。」
奥さんは右手でボクの手を握ると、足早に歩き出そうとした。何?ボクらの子ども?いつできたの、そんなん?いや、聞いたらまた絞められそうだ。…

ボクは奥さんの手を握り返すと、先に立って歩き出した。シッポ様は誇らしげに高くそびえるように凛と立っていた。ボクらのこども、そう考えただけでボクは胸がバクバクした。康太の弟分になるね、いつか三人で探検しようかな。ボクは唐突に訪れた幸せな未来に戸惑いながら、奥さんの方をそっと見た。その横顔は昼下がりの陽射しの中で、何だか輝いているように見えた。


(イラスト ふうちゃんさん)


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