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世直しリョウくん 第一話:イタ過ぎたオトコ①

「いいかオマエ、結婚なんてそうそうするもんじゃないぞ。オレなんてもう何回後悔したか覚えてもないよ…」
「いくら美人って言ってもそのうち見飽きるし年も取る。それに毎日一緒にいりゃ目に入るのは何の化粧っ気もないすっぴん姿だしな。」

斜向はすむかいに座った5歳先輩の男は、最近この手の愚痴グチが多くなった。正直面倒極まりないが、心理学部で人間心理やコミュニケーションの実技を学んだ僕にはこの手の『面倒なヤツ』の相手は苦手ではない。
「そうですか、大変そうですね。じゃあ、気を付けますね。」
冷たくスルーして意思表示をしたい、そんな欲求を抑えつつ相手の欲求を最低限満たしておく。この手のヤツは『理解された』、とか『褒めててくれた』という満足感が得られれば、とりあえずは大人しくなるので意外と扱いやすくもある。理解できるヒトには理解できる微妙なニュアンスをそっと入れ込んではいるのだが、残念ながらコイツには何も理解できないし、そもそも理解しようなんてココロがない。コイツに他人のココロを読み取るすべが少しでもあれば、おのが浅はかさにきっと顔面蒼白になるだろう。逆に気づかないとか、むしろ気づけないのはある意味幸せなのかもしれない。あからさまに『イタい』コイツの老後の心配をする義理はないが、やがて孤独で寂しい人生を歩むであろうことは容易に想像できた。

「おい姉ちゃん、注文まだかよ。待ってんだけど!」
喫茶店のイスに座ってまだ3分、今度は水とメニューを持ってきてくれたバイト風の店員さんに噛みつきだした。今日はいつもに増して機嫌が悪いようだ。さっきまで笑顔だった彼女の表情がみるみる曇っていく。
「は、ハイ。申し訳ありません。」
ココは日本なんだから、さっさと呼べばいいじゃん…僕はコイツに気づかれないように店員さんと目を合わせ、そっと謝るように会釈した。コイツと同類だと勘違いされるのはゴメンだ。
「スイマセン、じゃコーヒー二つお願いしますね。それより先輩、さっきの部長の件ですけど…」
僕はさり気なくその場を取り繕うと、目先の話題へコイツの意識を誘導した。

「…. …. ….!!!」
「.… …. ….!!!」
(作者注:『コイツ』の表現があまりにもヨロシクないので令和では自主規制です)

次第にヒートアップする様を見ていると、やはり先ほどの営業先での応対がひどく気に入らなかったのだろう。コイツは自分の親切や気遣いが空回りすると途端に豹変ひょうへんして怒り出す、そんな性癖の生き物のようだった。そうなったらひとりきり毒を吐き出させ、怒りを鎮めてから帰社するように。コレが部長さんから僕に与えられた重要な任務だ。僕は上司のお言葉をふと思い出し、『ああ、コレか…』と納得した。


この会社に内定をもらった時も不思議だったのだが、面接時には僕の通う大学での講義内容や実践可能なスキルに関して詳しく聞かれた。
「じゃあ何、例えばそれって面倒くさい先輩のことも上手にいなせるって事?」
後で直属の上司になる部長さんが僕に聞いてきた。
「ハイ、『面倒くさい』内容にもよりますが、大抵ヒトの『面倒』はパターン分類できるので、できると思います。」

僕の返事に、部長さんが嬉しそうにうなづいたのを思い出した。コイツは営業成績は良いが、時々得意先でも問題を起こしていた。進研ゼミの『やる気スイッチ』みたいなボタンがどこかについていて、何かの拍子に突然豹変するのだ。僕はここの部署に配属された初日に、この部長さんからそう説明を受けた。コイツは表面上では僕の教育係として営業のイロハを教え込むのがミッションになっているのだが、その裏では僕がお守り役としてコイツをサポートするのがより重要なミッションとなっていた。

「後、出先で不機嫌になっても、そのまま会社に戻ってこないで。部署内の空気が悪くなるから。」
部長さんは僕の肩をひとつ叩き、笑顔で僕にそう言った。『ゴジラが放射能を吐いた場合、それはオマエが全身で受け止めろ。ひとしきり吐き終えたら連れて帰ってこい。』ここが東宝だったら、そういう意味だ。まあ普通のヒトにはゴジラの放射能に思えても、僕にはライターの炎程度の感覚しかないのだが。鬼メンタルな訳ではなくて、ただストレス耐性の方法と学び訓練しただけ。ただそれだけの単純なことだ。

せっかく雇って頂いた恩義も感じつつ、コレ新人にやらせる仕事じゃないじゃん…職場には何の未練も感じないし、コイツとの付き合いもそう長くはないな…そう思っていた僕だったが、この数日後に意外な事件が待っていた。


イラストは、いつものふうちゃんさんです。
いつもありがとうございます。


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