オンナ友だち②

半年前に彼女は離婚、正確には死別していた。長年付き合っていた年上の彼と結婚し、息子の寛太君が生まれるまでは順調だった。でも旦那さんの趣味が登山で、翌年の秋に南アルプスに友人数名と出かけた時に遭難してしまったのだ。遺体が見つからないまま時間だけが過ぎ、やがて先方の家から謝罪とともに離婚を勧められたそうだ。まだ若い彼女のことをこれ以上犠牲にはできないと、ひとり息子の寛太君のことで先方の義母には随分と引き留められたようだが、義父は厳格な方で息子の不始末を最後まで深く詫びたそうだ。

彼女の父は長年建築士をしていて、娘と自分のためにこの家の再生リノベを決めたようだ。彼女が住む家や生活に困らないようにと、この家で過ごすように提案した。彼女の母親は既に病死していて、天涯孤独になりかけた彼女を父親は見過ごせなかったのだろう。しかもこの父は自由奔放かつバイタリティ豊かな人だった。この広い家を娘と孫と暮らすだけでは満足できなかったようで、近所に住む身よりのないお婆さん二人に声をかけ、和室を2部屋貸し出して住まわせた。料理や洗濯、掃除など身の回りのことを面倒見てもらう代わりに家賃はいらない、そう言って声をかけたのだった。
「まるで現代版のシェアハウスね。何か面白いでしょう。みんな血縁は薄いのだけど、お父さんのつながりで仲が良いの。家族みたい。それにお婆ちゃん達って寛太の面倒も見てくれて、保育園に預けたりせずに済むからホントに助かってるの。何とか仕事も続けていられるし、父の貯金と私の給料で何とかやっていけるくらいだけど。」

彼女の話しはワタシにはすごく新鮮で驚きだった。家や住所は自分を表現するステータスの一部だと信じていたワタシの価値観が、彼女の前でぐらついて揺れるのが分かった。
「それにね私のお父さん、それだけじゃないの。近所に数年引きこもりだった方がいて、その家に何度か押しかけてスカウトしてきたみたいなの。山中クンって言うんだけど、今じゃ週に何度か日中家に来てくれて、力仕事とか庭の手入れとか、お父さんの手伝いをしてくれてるんだ。」
彼女はそう言うと、土間の辺りを指してみせた。
「手に職があった方がいいからって、お父さんの技を山中クンに教えるんだって、最近は土間を二人で改装するんだって。ホント元気よね。」

偶然街中で彼女と再会した。何気なく声をかけて、何気なく家までついていって、何気なく聞いた話だった。ワタシとは無縁の、平凡で慎ましやかな暮らしのはずだった。全身ユニクロで化粧っ気のない彼女からはワタシが求めた豊かさの香りは何もしなかった。きっとワタシは彼女の生活を見て、安心して優越感を得たかったのかもしれない。すさんだワタシの心は、そんな事でしか自分を保てないかったのだ。自分の浅はかさに気づいて、ワタシはひとり愕然とした。マウントとか言う行為を、ワタシは軽蔑していたはずだった。そう言うたぐいの行為をそばで見かければ容赦なく文句を言って、それが自分の正義だと信じていた。でもそんな自分が、気づけば同類の行為に及んでいたのだ…

「ゴメンなさい。あのね、佳恵。ホントは話したいことがあったんだ。」


(イラスト ふうちゃんさん)


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