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「い」ちご大福

 問題


 どうしよう! 僕のいちご大福、あのめちゃくちゃ長い行列(十時間待ち)を耐えて(中には餓死!)買ったあのうまくて仕方ないと評判のいちご大福が無くなってる!? どういうこと?! 帰ってすぐシャワー浴びて蟻の門渡り会陰に満遍なくヴァイタミンCがたっぷり入ったオイルを塗って保湿したら食べようと思ったのに、なんで冷蔵庫に入ってないの!?
 そう思って僕は状況を整理することにした。今は五月七日土曜日の午後二時、いちご大福を買って帰ってきた時刻は今日の十二時丁度だから、いちご大福はこの二時間に消えたことになる。休日で家族はずっと家にいる。訪問者も居ないから、もし仮にいちご大福を食べた不届きものが居たとするならば、それは家族のうちのだれかということになる。まったくけしからん!
 という訳で僕はリビングに家族を呼び出し、僕のいちご大福について聞いてみた。所で僕の家族構成は僕、父、母、姉、妹となっている。僕は父、母、姉、妹の順に尋ねた。

父「いちご大福? 知らないよ」
母「いちご大福なんて知らないわ、食ったんじゃないの」
姉「私、あなたがシャワーを浴びている最中に冷蔵庫開けたけど、もうそん時には無かったと思う」
妹「おにいちゃんのいちごだいふくしらなーい」

全く分からなかった。中学の時、一つ年下の生徒の自由研究「めちゃくちゃ丸い雪玉作る」「結論:作れなかった」と、取れたてのジャガイモみてえな雪玉の写真と共に締められているのを見たときぐらい無力感を覚えた。恐らく何人か嘘をついているに違いない。しかし『何人』が嘘をついているのかは分からないから、どうすることも出来ない。せめてそこだけでも、そう思った僕は彼らのアリバイについて聞き直すことにした。妹以外はあからさまに苦い顔をしたが、それでも聞くことにした。

父「……俺はママと一緒にリビングに居たぞ」
母「そうね、一緒にいたわ」
姉「冷蔵庫開けるのにリビング通ったけど、そん時には確かに二人居たね。ちなみに私は自分の部屋で勉強してた」
妹「あたしもおねえちゃんのへやにいたよーベッドでよこになって、おねえちゃんのマンガよんでた」

 やはり直接的な手掛かりは見つけられなかった。だけど決定的な証拠と言うのは家族は父と母、姉と妹という二組に分かれて行動していたということだ。そして気になるのは姉の行動だ。彼女は妹と共に行動していながら、両親の行動を目している。結局両親と姉妹とも、前者は冷蔵庫に近いリビングに居たという点で、後者は姉が冷蔵庫を開けたという点で全く疑いは晴れないが、就中この姉の立ち位置はどこか気になった。
 姉が両親のアリバイを証明する意図。それが一番気になった。両親を庇うためか、それとも罪を着せるためか。もし両親が食べたとするならば、冷蔵庫を開けた姉が一番疑わしくなる。だけどそうするメリットが考えられなかった。両親と姉の関係は比較的良好だった。しかし今年で大学を卒業する姉が、自己犠牲を払ってまで両親が食べたという罪を隠蔽するというのは如何せん考え付かない。普通この歳であれば両親と自分が社会的対等であるという事実を考慮して、公正に審判せねばならぬと思料するはずで、そういった点からこの推測は不合理であると考えられる。まあ姉が何か両親に弱みを握られているとするならば、この判断もまた不合理であるわけだが。
 一方で罪を着せるためとするならば、リビングに居たという事実を態々反復するというのがおかしい。両親の言い分から新たな事実が生じていないからだ。意図的に罪を被せようとするならば、もう少し、さりげなくとも両親が悪いのだという論決が可能になるような仄めかしをするはずなのだ。また道徳的に考えても、このような一見些細に思える(僕はそう思わないが!)事件で関係を悪化させるようなことは言わないだろう。親子仲は意外とこういうことで拗れる。特に姉はもう大人だから、一層こうなることが予見されるし、実際彼女もそう思っているに違いない。だからそれもまた不合理なのだ。
 そうすると姉の言動は猶更不可解なものになった。どういうことだろう? 僕は状況を整理した。以上の推測と事実から姉の証言には両親の言動に対する何かしらの意図は混在していないことが分かる。すると姉は両親の行動を機械的に述べただけであり、その点で何も情報を生まないのである。だが依然として姉の言動が引っかかった。
 そこで僕は姉にこう聞いた。

「二人は何か食べている様子だったかい?」姉の様子が変になった。先ほどしていた不愉快な表情が更に皺を深くして強くなった。
「何? あんた自分の親なのに疑ってるの?」姉は強い語気でそう応える。
「いや、そういうわけじゃあないさ。ただ○○(姉の名前)の先ほどの言葉——つまり、二人の何気ない言及がどこか引っかかってしまってね。これは野生の勘というわけで全く根拠はないよ? だけどねえ、僕はここに謎を解くキィがあると思っている」
「何、その喋り方。キモいんだけど、あんた探偵気取り?」
「……話を戻すと、実際どうだったのかな?」
「……何も食べている感じじゃなかった」

 なるほど! 「何も食べている感じじゃなかった」——そうすると可能性は一つだ。僕が今まで敢えて避けてきたことが消去法的推測によって次第に浮き彫りになっていった、さて諸賢、この答えが分かるかな? この極めて単純明快のように見えて、その実暗冥のchasmラビリンスに姿をくらましたこの恐るべき真相が? これから……いやその前にCMでも流しておこう!

 CM


「猫屋! あの甘くておいしい猫屋から新商品が発売されます!
大福にかけては向かうところ敵なしの私達ではございますが、昨今のグローバリズムを享けまして、とうとう魅惑的で蠱惑的な『あの』お菓子を作らせていただきます。和洋折衷! 新奇一品! それはいちご大福、中にはとても味わい深い福岡S6号、通称あまおうを使っております! 皆さん是非、五月中旬に発売になる、この絶品のいちご大福をご堪能ください」

 解答


「人間のアレゴリィについて考えたとき、君たちがまず浮かぶのは老人性セァニラティに由来する、或いは付随するものであろう。例えば骨董品アンティィクについてはどうだろうか? 人間と言うのは旧いものに対して、前時代的なものに対して奇妙な愛着と言うものを形成する。それは今までともに過ごしてきたことに由来するある種の思い出によって擁立されているものだけではなく、寧ろ主観的に新奇である旧物(オクスィモロン的な表現に君たちは辟易していることであろう、だがそれは始まりでもあるのだ! 邂逅と恐懼は表裏一体で謂わば同時性コインスィデンスだ。落ちたコインのように(笑)それは同時的に生じる。自己撞着は最早因循的ではなく、慣習的なのだ)にますます興味を持つこともあるのではないか? それは先祖代々伝わってきた僕たちの遺伝子が持つ知識もとい情報によって生ずる趣なのだ。クウェイントという言葉は元来博覧強記のことを意味したらしいが、それは僕の主張を見事に証左している。茶けた(これはまた僕が『コイン』した用語乃至複合語であるが、これもまた上手く僕の主張を支えてくれるわけさ、サァフィンで日焼けしたようなものじゃあなく、老耄による肌色の変化……!)陶器を見て何かミルラの匂いのする懐かしき俤を感じられたとき、陶器は僕たちの中で先祖の肌を意味している。そしてこれにより、老人性と骨董品の大きな結びつきが見えるのだ!
 また逆に幼児性についても言及されうる。果物と若い子の肌(まるで○○みたいにね! ここで告白させていただくが、この自己言及は最早レシプロカルである!)を指す限定形容詞として良く『みずみずしさ』が用いられることに気づけば、これは言わずもがなであろう。
 老人性と幼児性——双極を為し、その人間の美的感覚の礎となったこれら二つの概念——はやはりその屡々のライトモチィフとしての援用によって主目的的要素を僕たちに感じさせ、それによってある種の謬見——つまりこれら二つが僕たち人類の『忄』生的欲動(恐らくはエロスと述べることがここでは一番近傍的なのかもしれない!)の必要十分条件として成立しているという誤りに思い至らせてしまう……おや……もしやこれら二つだけによって成り立っていると勘違いしていたのかな? いや申し訳ないが、それに僕は『NOPE』とでも返しておこう! 勿論僕たちの存在に関する命題は時間の流れに重点を置かれたものだけではなく、このほかにも重大な要素が存在する。これを挙げなくてはアレゴリィの好例は完成しえない」僕は陽気に目の前の家族に声を掛けた。だけど残念なことに誰一人僕の話を理解していないようで、皆怪訝な顔を見せる。
「どういうことだ、さっきから何言っているのか分からんぞ!」
「一体どういうことよ、というかさっきからなんなのよ、今日のあんた格段とキモいよ?」父と姉が叫ぶ。無言を貫く母はしかし顔を顰めていて、まるでこの空気に怯えているようだった。
「ビィ・クワイエット! キィプ・ヨアセルフ・イン・クワイェチュゥド、ですよ、君たち。僕はまだ大事なことを話していないんだから」そういって彼らを宥める。「人間的な事物についてさ」
「つまんなーい、マンガよみたーい」子供にとっては退屈じみた状況に痺れを切らした妹が駄々をこね始めた。僕は無視した。
「……さて、僕が述べたいのは、こういうことだ。いちご大福というのは人間のメカニズムに酷似している、と」
「本当にどういうこと?」姉が素っ頓狂な声で僕に聞いてきたので、僕はリヴィングに響き渡るほどの大声で、遠近に唾と笑いを飛ばした。叫び声にも似た笑いだったから、あと僕が基本的に猿笑いをするもんだから、皆気味悪かったのかぶるぶると、あの、人が得体のしれないものに出くわした際に強がりつつもしてしまうあの顫えに類似していた。
 僕は台所へと向かい、キッチンコンロ一番下の抽斗から、ショットガンを取り、それを抱えながら(また、笑いながら!)彼らの前へと戻った。
「いやぁ、失敬、失敬! 堪え性のない人間だから、つい失笑してしまいましたよ……ところで、いちご大福と人間の類似性について○○は質問してくれたけど、その理由をお伝えしましょう」そういって僕は、未だ能天気な妹の脳天めがけてショットガンをぶっぱなった。妹の頭は瞬時に赫奕たる肉塊と化した。映画「ザ・ハント」で最初主人公のように振舞っていた女みたいに赤いバラとして開花し、完全なる損壊を免れた視神経の、赤色のひやむぎのように側面から垂れ下がり、血にまみれた脳みそが僕の服と横にいた姉の体中に飛びついて、周りが茫然としている中、一足先に姉が絶叫した。
「おやおや、ビィ・クワイエット!」と僕は姉の顔を見つめながら、続けざまに母親の胸に穴を開けた。今度は父の眼鏡が赤色のサングラスに変わり、まるでLAにいる馬鹿ジャッカスみたいになった。父は腰を抜かして失禁した。姉もまた失禁していた。「なんでよぉ! なんで、△△(妹の名)とお母さんを殺したのよぉ!」
「何故って、いちご大福の説明のためさ」と僕は顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶ姉の顔を見ながら応えてあげた。「人間の頭はいちご大福に似ているだろう? いちご大福は正に人間のアレゴリィさ。それも先に述べた二例のような時間性を超越した時空性! 常に現在的で普遍的な要素だ。ほら、いちご大福は人間の頭で常にあり続けるだろう? それ故に、確かランボォだったかな、『人間のこうべが垂れんとするとき、俺は無性にいちご大福が食べたくなるのは、そいつを、その蜜柑のような馬鹿果肉の詰まった頭から食い殺したくなるからだ!』というコンサイスで優れた抒情詩を書き上げたのは(笑)」
 気づいたら父がホロウになった母の傍から消えていた。虚圏ウェコムンドにでも逃げたかな? なあんてね。いつの間にか玄関の方へと震戦する腰を引きずって玄関の方へと逃げていたようだ。僕は玄関の扉を開けようとする音が聴こえたと同時にそこへやおら向かい、逃げ腰の情けない父の背中に銃口を宛てがい撃った。父の背中もまた空っぽになり、オフホワイトの壁はいよいよオフになった。撃ち殺した音が直方体の廊下中に反響して直ぐ姉の動物のような姦しい声がした。
 僕はうれしかった。二人きりの瞬間だ。黙物と化した父を背に、スキップしながら再びリビングへと向かった。僕は勃起していたペニスの先を触りながら、そのプクッとしたフタコブの間から脈々と溢れ出る体液イラプティッド・フルウィドを感じていた。遠くでサイレンが聴こえた。指に付着した透明の液体を舐めると、微かに塩味を感じた。目を瞑ると家族と共にあいちトリエンナーレの出品物として氾濫しかけた河川敷で三点倒立した思い出がモノクロ的なカラーフィルムで蘇った。姉はレザァフェイスから逃げようとするサリイ宜しく(!)絶望と本能の入り混じった声を震わせて、懸命に庭へと続く大窓を開けようとしていたが、怖さの余り手も震えてしまって開けられなかった(笑)
「さて結論から話そう! 実のところ僕はいちご大福なんて買ってなかった、これから作る予定だったのさ! 諸賢は予想がついたかな? まあこんな小手先のフゥダニットなんて簡単すぎてつまらないと感じた人間も多かっただろう! 最近は『推しの子』が流行っているようで、極めて質の高いそれだ。だから皆さんさっさとそっちへ行きなさい!」
 僕は大きな花びらの傍に寄り、地面に散乱した赤いいちごの断片を手に取ると、デパートのガキのように泣き叫ぶ姉に今度は近づき、彼女の口へと運んだ。
「ほおら、ほおら、うまかろう? 人間いちご大福の味はどうかな?」それまで泣いていた姉は口に突っ込まれたそれを最初吐き出しそうになりながらもゆっくりと咀嚼し始めた。すると次第にしわくちゃになった泣き顔も次第に消え、お菓子を与えられた子供のようにニコニコとし始めた。
そうだ、それでいいんだ、このわがままっこ!

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