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【詩】outline

人が人であるためのこと。人が人の輪郭を保つために何が必要なんだろうかと思う。例えば、見えないだけで、さも其処に居るかのように、振る舞えてしまえる文字みたいに。其処にはもう居ないのに。上から流れてくだけの川面、束ねられた文字の中に紛れ込む彼らが、誰かに向けて語りかけていても、それは本人でさえ気づいてはいないのだろうし、間違って、違う誰かの心に響いたとしても、それは既に思い出なのだとそう思う。彼、彼女らの指先から離れたその時から、時間が無くなってしまう。例えば、「逢いたい」という嘆きであっても、発したその瞬間から、それはもう何万光年もかけて届いた星の瞬きだと気づく。だから、それを知覚した時には既に愛していたという過去形なのかもしれないし、それを受け止めてしまう主人公は、今を生きている。在り来りという言葉の通り、今、其処に在るし、来たんだ。目の前に彼がいる。電話をしていれば、頭を下げてしまうし、車の中に居るのに、高架下で頭を抱えてしまうようなもの。だから、ありとあらゆる文字という記号に幻影を見てしまう。幻であり、影法師。ニセモノであると認めざるを得ない。「その人である」何らの確証もないものに、希望を抱いてしまう。例え、文字にも出来ない、したくない感情を聲にしたとしても、発した時には既に死を予感させてしまうし、空を青いと感じたのは貴方の脳幹であり、僕と私の棺なのだ。離れてしまう前にホームを飛び越えて、二人で約束の地を目指すことすら出来たのだろう。その背中を思い出すことは記録の再生だろうか。それとも記憶の中にある輪郭線をなぞるという行為そのものだろうか。濃すぎる輪郭線を擦る行為。淡く、とても淡くなるようにコンテで引き伸ばして、真っ白い画用紙を汚してしまいたくなる。彼の指先で。よく見ると黒い輪郭線の一部がその指先を汚してしまう。それが記憶なのかもしれない。だから、その指先に伸びた爪にお絵かきをする。綺麗な色を塗ろうとする。もう元には戻せない過去を、曖昧な記憶を、曖昧なままで愛してしまう。そこには白と黒の二色だけが信頼の置ける色なのだと錯覚してしまう自分が居て、光が屈折していることを忘れている。既に歪んでいるのに。私しという情念が混じってしまうことを忘れている。あゝ離れてしまう。川が海を目指して、流れてしまう。次見た時にはそれはもうコピーなのに。文字として見えているだけで、もう劣化は始まっている。急がなきゃいけない。慌てなきゃいけない。過去に僕等は生きちゃいられない。身体が引き戻されてしまう。心臓を飛び出した体液が汚れて帰る場所。もうあの日の彼らは其処には居ない。居なくたっていい。夜が其処に留まってさえいれば、白髪の野良犬が、夜を叫び、躊躇いを呼んでしまうから。月は綺麗ですか?と誰かに尋ねてしまうから。そうだと知っているから、月なんて、この星にはありません。あるのは、誰にも渡せないあの空に届けたい飛んでしまいたい衝動をファインダーから覗いては真四角に切り取る冷たさ。それだけ。たったそれだけを電子レンジで温められますか?と尋ねられて、店の奥に隠れていってしまう返答のない、淡くとても緩やかな憂いだけ。

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