筑摩世界文学大系1

たいていのお話は、似たような話がどこかよその文化にもむかしからある──《筑摩世界文学大系》第1巻『古代オリエント集』(杉勇+三笠宮崇仁編、筑摩書房)


《筑摩世界文学大系》第1巻、杉勇+三笠宮崇仁編『古代オリエント集』、筑摩書房、1978。

筑摩世界文学大系1

 これは珍しく10代で読んだ。ここからは

『シュメール神話集成』
『ギルガメシュ叙事詩』
『エジプト神話集成』

の3冊の文庫本が出ている。

 ここでは2019年現在まだ文庫化されていない部分である「アッカド」(「ギルガメシュ叙事詩」「イシュタルの冥界下り」を除く)「ウガリット」「ヒッタイト」「アラム」「ペルシア」のうち、最初の3つから、1点ずつ紹介したい。

 まずはアッカド文学。

アダパ物語

 杉勇訳。
 知の神エアによって作られた理想の人間アダパはエリドゥに住んでいた。あるとき南風に煽られて舟から落ちたので南風を呪ってその翼を折ると、怒った天神アヌに呼び出される。
 エアは知恵をつけて彼がアヌに嫌われたり殺されたりしないようにするが、出されたものを食べるなという入れ知恵が仇となり、神になりそこねた。機嫌を直したアヌが出してくれた食物は、食べれば神(不死)になるものだったのだ。あーあ。

 『古事記』で、伊弉冉(いざなみ)が火の神軻遇突智(かぐつち)を分娩したさいに火傷を負って死んでしまい、夫である伊弉諾(いざなぎ)が冥界に会いに行くと、彼女は自分はもう冥界の食物を口にしてしまったから帰れないと言った黄泉戸喫(よもつへぐひ)の話が出てくる。


池澤夏樹=個人編集 日本文学全集1

 またギリシア神話では、主神ゼウスが姉の地母神デメテルとのあいだにもうけた娘コレがゼウスの兄である冥界の神ハデスに妻として連れ去られペルセポネと改名したさいに、冥府の柘榴を食べてしまったため冥界に属しなければならなくなる。

https://note.mu/chinobox/n/n38654adedf3d/

 けど、この「アダパ物語」ではすでにそれを踏まえて、その裏の裏をかくようなオチになっているのがおもしろい。

 続いてウガリット文学。

アクハト

 柴山栄訳。
 女神アナトはハルナイムの王ダニルウの息子アクハトの神の弓を所望したが、断られて怒り、戦士ヤトバンに命じて殺させる。アクハトの妹プガトは鳥の腹を裂いて兄の骨を見出し、それを葬ったのち、父とともにヤトバン討伐に出る。

 ここに出てくるダニルウが、『ダニエル書』のダニエルだという註があって、へえー、と思った。

旧約聖書14

 『ダニエル書』は旧約聖書中もっとも新しい時代(紀元前2世紀とも)に書かれたという説が有力で、そんなものにこういうきわめて古いネタの固有名が影響しているのは興味深い。どうやら民話のストーリー構造を歴史上のバビロン捕囚(紀元前6世紀末)に押しこんだものらしい。

 それから、ヒッタイト文学。

竜神イルルヤンカシュの神話

 杉勇訳。
 龍神イルルヤンカシュに破れたネリク市の嵐の神ケルラシュは、風の女神イナラシュに助けを求める。イナラシュは自分との同衾を条件に、人間フバシヤシュに龍神を倒させる。このあとフバシヤシュはイナラシュに殺される。

 準備した酒を龍神だか大蛇だかにしこたま飲ませて倒すのは『古事記』の八俣遠呂智(やまたのおろち)退治にそっくりだ。たいていのお話は、似たような話がどこかよその文化にもむかしからある。

エジプト神話集成

 さて、以前にも書いたが、ここまで紹介してきた古代オリエント文学の翻訳書は、欠けの多い書板を厳密に訳して学術的な正確さを求めたものだ。だからこれを「本文」(テクスト)としてではなく物語として読もうとすると、なかなか読みにくい。
 そこで、古代オリエント文学への入門書としてそれ自体古典的な位置を占める、シオドア・H・ガスター『世界最古の物語 バビロニア・ハッティ・カナアン』(矢島文夫訳、平凡社《東洋文庫》)がお薦めです。

今回取り上げた本

《筑摩世界文学大系》第1巻『古代オリエント集』杉勇+三笠宮崇仁編、筑摩書房、1978。

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