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短編『何も気にならなくなる薬』その91

古い

しゃがれ声

真相

今回はこの三つ。


「こんにちは」
「おいおい愛美さん、そんなしゃがれ声になっちゃって、昨晩お酒でも飲みすぎたのかい」
「高橋さん、ごめん、昨日飲み屋で意気投合しちゃって、いつもより抑えたつもりなんだけど、喉の調子が悪くなって」
「それは困ったな、明日に控えているのに」
「そこでなんですけど、代わりを立てようと思いまして」
「代わり?」
「えぇ、実は私には双子の弟がいて」
「弟?明日は縁談だろう。弟を姉の代わりによこしてどうするんだ」
「まあまぁ、古い考えは捨てましょう。顔が似てるのはそうとして、線も細くて肌もいいから、一日だけ私の代わりをやってもらいましょう。化粧は私がしますから」
「とはいってもね」
「話だけだと納得しないと思いましたので、弟」
「はいはい、どうして男の俺がこんな目に」
「おぉ、これはこれはそっくりだ。いや、しかし、君は本当に男かい?」
「あの、それを言われると男としての自信がなくなります」
「いや、すまなかった。では、早速打ち合わせをしようと思うが、君は姉の趣味趣向を理解しているのか?」
「えぇ、理解してますよ、普段から色んなところに連れ回されているからな」
「それじゃあ、話は合わせられそうだな。それじゃあ頼むよ、仲人として協力するから」
「はいはい」
……
「本日はお集まり頂きまして有難うございます。仲人を担当いたします高橋です」
「高橋さん、今日は彼女と出会える日を作っていただきまして有難うございます」
「いえいえ、私もこのような場に居合わせて光栄です。さて、先だって話してはおりましたが、彼が祐介さん、彼女は愛美さん」
「宜しくお願い致します」
「愛美さんはご姉弟がいると聞いてましたが」
「あ、はい、弟が一人」
「なんでもよく面倒を見てあげてるとかで」
「えぇ、これでもかってくらい」
「え?」
「いえ、私にはできることはなんでもしてあげようと思ってまして」
「そうなんですか、お優しいのですね。私にも姉がいるのですが、無理難題を言われるものですから」
「姉は鬱陶しいですよね」
「いやいや、愛美さんのような優しいお姉さんだったら良かったななんて思ったりしますが、親兄弟は選べませんからね。しかし、こうして出会えたのは何かの縁だと思うんです」
「はい」
「その、ぜひこの縁を結べたらと思います」
「次に会えましたときにまたお返事をさせて頂けたらと」
「高橋さん、お電話です」
「え、あぁ、急ぎの電話?わかりました。すみません。お二人共一度席を外しますので」
「あの、愛美さん、もしかしてどこか具合が悪いのですか」
「いえ」
「あまりお話にならないものですから、すみません。愛美さんは何かご趣味は」
「趣味ですか、裁縫とか細々したことが得意でして」
「手先が器用なんですね。そのワッペンも」
「あ、それは弟が」
「弟さんも器用なんですね」
「え、あ、まぁ。あの、祐介さんって、その男性にしては、その、きれいですね」
「え、そ、そうですか」
「なんか、こう、スキンケアとかしてるんですか」
「その、寝る前に簡単にですが」
「その簡単にが難しいんですよ。毎日できるだけ素晴らしいです。私の姉なんか」
「え?姉もいるのですか」
「あ、いや、弟が」
「あの、こんな事を言いたくはないんですが、愛美さんじゃないですよね」
「え、どうして」
「その、あまり言いたくはないのですが、そのあなたはその顔形は綺麗ですけれど、どことなく男らしい感じがするんです。あ、実は私もこんな事をいうと変ですけど、祐介じゃないんです」
「え?じゃあ、あなたは」
「私、祐介の姉です」
「それじゃあもしかしてあなたも」
「はい、弟さんと同じ状況です」
「お互いに異性の格好をしていたわけですか」
「あのお名前を伺っても」
「隼人です。あなたは」
「綾美です。弟が先日飲みすぎて声が出なくなったので私が代わりに」
「綾美さんの弟さんもですか、私の姉もなんだか飲み屋で意気投合して、飲みすぎたらしくて」

……
「ねぇ、結局私達は結ばれた訳だけど、なんであなた達は結ばれなかったのよ。真相を教えてよ」
「なんていうかな、お互いが姉弟なりきっていたから、向こうは男性の目線で見ていたし、こっちも女性としての目線で相手を見ていたから、普段の姿が魅力的に見えなかったのかもしれない」
「それならいっそ、女装して会いに行けばいいじゃない」
「まさか、そんなことまでして会いたいとは思わないよ」
「そう?向こうが男装して会うと行っても」
「えっ、そんなことまで言っていたのかい」
「いいじゃない、古い考えは捨ててさ、男装女装カップル」
「いや、それはやめとくよ」
「どうして」
「きっと元に戻れなくなる」

美味しいご飯を食べます。