見出し画像

経験のコレクター〈日めくり橋本治〉

「『自分の家から会社へと通う』という生活習慣を確立して、長い通勤時間を当たり前にしてしまった人間は、『会社・通勤・家』という要素だけで成り立っている、『広さ』はあっても、実質的には『点と点』でしかないような生活圏の中にいる。『会社しか行くところがないから、休みになると困っちゃう』という男たちは、昔はいくらでもいて、今でもまだいる。『そういうオヤジスタイルはいやだ。ボクは自分の生活を大切にしたい』と言って、結局テレビや雑誌から送られて来る余暇情報をこなしているだけの、『自分を大切にする閉鎖人間』だっている。休みの日にはチョコチョコいろんなところへ行って、『あそこへも行った、ここへも行った』という、経験のコレクターになる。イナカの人が大きなスーパーへ車を走らせて、『あんなのもあったから買った、こんなのもあったから買った』というのは、実はこれとおんなじことなんだけどね─『目的』と『自分』とを結んで、すべてを『自分の世界』にしまい込んでしまうという点においてね。
広大なる『自分の世界』の中に閉じ込められた人間は、『不便』とか『便利』ということだけを問題にするようになって、もっと大きな問題を忘れてしまう。それは、どこまで行っても『自分の世界』で、そこには『他人』というものがいない、ということだ。
トカイには人が大勢いて、しかし『出会い』というものがないと言う。しかし、それはべつにトカイだけのことではない。車で『便利』ということを達成してしまったイナカの人たちだって、他人の車とすれ違うことはあっても、『他人と出会う』がなくなる。『便利か不便か』ばかりを問題にしていれば、『他人との接点がない』という問題は見えにくくなる。」
橋本治『貧乏は正しい!ぼくらの東京物語』


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?