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まどろんで、朝ごはん#3ジャムと優しい小豆


そろそろお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は朝に弱いです。

一度細めた目を大きく開くことがこの世の何よりも苦手な質でしたので、朝日が昇るたびに、その傲慢さに打ち負けてしまいそうになります。
いいえ、殆ど目覚めた瞬間に、一日の勇気の半分ほどを刈り取られているような気さえします。

加えて私、目が覚めたすぐ後は、食べ物が喉を通りません。お勤めに参ります際は大抵、朝ごはんのお時間を眠る時間にひっそり摩り替えては、お昼前にはお腹を空かせるような、そんな浅ましい人間です。

そして極めつけに、これも皆様お気づきのことと存じますが、私は大変不器用です。お料理なんて出来ません。私がしているのは料理ではなく、もっとあくびが出るような、極めてお粗末な栄養補給なのかもしれない。この世界は優しくない。

ですから今日は、優しいものを食べましょう。
そう思いまして、今日は朝から髪を整え、暗い部屋を飛び出します。

***


東京とは渋谷駅。 人の往来の早きこと、朝風の如く行き行きて。後から調べて分かった事にはこちらは公園通りと仰るようで、その心の持ちように、朝から感心。ビルの二階に御座いますは、『カフェ マメヒコ 公園通り店』様。煌びやかなお名前を頼りに扉を開けますと、広い店内いっぱいに、香し
いコーヒーの香りが漂います。

出来る限りの勇気と共にお店に入れば、大きなテーブルに生き生きと咲くお花たち。そしてその向かいには、温かなキッチンが笑いかけるように顔を覗かせておりました。誘われるように、テーブル席の端のほう。私は一人、優しさに包まれた朝を始めます。

ご注文は? とお尋ねになる店員さんが、このお話の主人公。頂いたメニューの肌触りにぼんやりしている私は、細い目のままゆっくり文字を読み上げる。一杯お替り無料のコーヒーと、アプリコットジャムの付いたトーストをご注文。いつの間にか体は温かいのは、きっと私の後ろでせっせと働いていたストーブさんのおかげさま。

「サービスの小豆もご一緒にお持ちしてもよろしいですか?」

実は私、非常に無礼なお話ですが、苦手な食べ物が幾つかございまして、まさしくそのお名前を聞いてすぐ、顔をきゅっとしてしまいました。けれども折角早起きの朝、大変拙いお言葉で「少しだけ」と、お伝え申した次第です。

やがて訪れるコーヒーを待つ間、私にはもう一つ、乗り越えねばならない問題が御座いました。朝ごはんに頂いたものを、写真に収めるということ。そもそも私が作った不器用なお料理であれば、写真もいささか不器用でも恰好が付くというものですが、今日はそうはいかない。

何よりもまず、
「写真を撮ってもよろしいでしょうか?」
「SNSに挙げてもよろしいでしょうか?」
この二つの文章が、私の口から出せるかどうか。お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、私は人とお話するのが苦手です。声を出すのが苦手なのか、会話をするのが苦手なのか、表情を作るのが下手なのか。振り返ってみれば全部が全部、私の不得手な気がしてならない。朝から自分で自分に嫌になりそうになった、その時、もう一度、あの店員さんがいらっしゃり、


「お待たせしました」


運ばれましたのは、香りの豊かな朝ごはん。コーヒーとトースト、ジャムと小豆を添えて。私はゆっくり唇を食み、その優しさに背中を押してもらい。


「あの!」

今日が終わってしまうくらい、ありったけの勇気を振り絞りました。

「……写真とか、撮ってもいいですか……?」
「はい。大丈夫ですよ」
「SNSとかに挙げても……」
「大丈夫ですよ」

颯爽と、笑みを残して去ってゆく店員さん。
私はまだ、細いままの目で、彼女の後ろ姿を追いました。

ぱしゃり、と一枚だけ写真を撮って、いただきます。

コーヒーの味は、まろやかで、豊かな黒。
マーマレードの香りは、透き通るような、軽やかな黄。
トーストの歯ごたえは、香しくて、目の覚める白。
そして小豆の甘さは、とっても優しい赤い色。

背筋を伸ばして、一つずつ、慈しむように味わってゆく。
本当は、私が彼らに、お慈悲を頂いているのだと思います。

優しい朝がやがて終わって、太陽はやがて昇っていって。
夢見心地な一日を、今日もごちそうさまでした。

優しさに溢れた朝ごはん。秋煎珈琲とトーストと自家製ジャムと、甘い小豆のカップ。
素敵な朝を誠にありがとうございました。


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