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劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス(感想)_控え目な色彩が美しく、原作への敬意を感じられる


『劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス』は2015年2月に日本公開されたアニメーション映画。トーベ・ヤンソン生誕100周年を記念して、母国フィンランドで製作されており、原題は『Moomins On The Riviera』
以下、ネタバレを含む感想などを。

<story>
ムーミン一家は、ムーミン谷を抜け出し、南の海へとバカンスにやってきました。わくわくしていた気分もつかの間、
フローレンとムーミンパパはすっかり貴族の豪華で贅沢な暮らしの虜になってしまいます。
そんなふたりに腹を立てたムーミンとムーミンママは、ホテルから飛び出してしまいます・・・!果たしてムーミン谷にみんなで戻れるのでしょうか?

控えめでセンスの良い色合いの絵

ムーミンの動画というと、1969~1972年頃に日本で放映された昔ながらのアニメの他にもパペット作品や、最近でフルCGでリメイクされたりとムーミンのアニメは数多ある。それぞれに良さはあるものの、原画やコミックの素朴でシニカルな雰囲気が好きな人からすると、登場キャラのシルエットや色合い、性格までもがかけ離れたイメーになっていると思う。
対して本作の素晴らしいところは、他のムーミン動画では見られない小説やコミックへのリスペクトを細部のこだわりから感じられる作品となっているところにある。

劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス_03

海や川、空など青系統で表現されがちな水の色が、全般的に赤みを帯びたクリーム色で統一されているのが特徴的で、森や無人島など自然のある場所の表現はどこか仄暗くおどろおどろしく描かれていたりする。冒頭、ムーミン谷の住人が集まって日を囲むシーンも絵だけ見ると暗い雰囲気となっており、一年を通して日照時間の短い北欧の人ならではの発想かもしれない。
また、ムーミン一家がリヴィエラに着いてからのセレブの集まるホテルやカクテルパーティでのシーンでは日光のおかげだろうか、明るい色調でムーミン谷の暗さとの対比が際立っている。

劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス_04

導入部、スナフキンがテントから出てきて、山や森を歩き小舟を漕いで川をいくシーンに小説版の情景が具現化されているようで胸が熱くなるし、川を渡るスナフキンの奥にはトフスランとビフスランが釣りをしていたり、ヘムレンさんが虫を集めていたりするもニクい演出だ。

本作の展開は、スノークのお嬢さんが映画スターに会いたいと言ったきっかけから、リヴィエラへ向かうエピソードがメインとなっているのだが、バカンスに興味の無いスナフキンは、同行を誘われるも”釣り竿の修理がある”とあっさり断る。
『そんな理由で!?』と突っ込みたくなるような適当な理由をつけて断るが、協調性が無く世間を斜に見ていて思慮深いスナフキンならではだし思うし、こういうところで必要以上に干渉しないムーミン一家の心遣いも優しい。

以上のように、色合いや登場キャラの性格まで小説やコミック版に慣れ親しんだ自分にもう違和感なく受け入れられる作品となっていると感じた。

どこかピントのズレたムーミン一家と、リヴィエラの住人との対比

劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス_05

小説版の魅力のひとつとして、シニカルな目線で世の中を俯瞰しながらも、孤独から生まれる妬みや寂しさなど、人間的な弱さをユーモラスで愛らしいキャラたちが解決していくところにある。
ムーミン一家は概ねおおらかな性格だけど、周囲にいるジャコウネズミ、フィリフヨンカ、ヘムレンさんなんかがクセのある性格で問題を起こしたりする。
対して、コミック版でのパパはギャンブル大好きで酒呑み、さらにホラ吹きでもある。スノークのお嬢さんはファッション誌を読んで映画スターに憧れる俗っぽい女の子になっていたりするためにムーミンも嫉妬深い。
全体的に小説版よりもユーモアの比率が多く、現代社会に溶け込んでいるため社会風刺の側面が強い。
そうやって比較してみると、この劇場版のキャラクターたちの性格はコミック版を踏襲されている。

セレブの贅沢な暮らしに馴染めないムーミンに対して、浮足立ったスノークのお嬢さんがやたらと強調されているし、スノークのお嬢さんを他の男に取られることに危機感を覚えたムーミンは決闘を申し込むも、自分に酔うスノークのお嬢さんは、二人の男が自分を奪い合う状況に酔っていて可笑しい。

劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス_06

また、ムーミン谷の住人たちの価値観はどこか世間一般の人々とズレているところがあり、海賊に捕まったミムラは捕虜であることを楽しんでいるし、ムーミンママは海賊の金貨に目をくれずに花の種を持ち帰ったりする。
そんなムーミン谷の住人ことを羨ましく魅力的だと感じるのは、そういった世間とズレた感覚を当人たちが恥ずかしいと思ったりせずに、それぞれのキャラがやりたいことをやっていることだ。
船いっぱいに植物の生えた状態で海を彷徨う様子を望遠鏡で見つけたスナフキンが、まっさきにムーミンママの仕業だと看過するシーンに象徴的に表現されていると思う。

劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス_07

質素な暮らしを受け入れ、むしろ選択するムーミンたち

ホテルから退去命令が出ると、さんざん贅沢な暮らしを楽しんでいたパパとスノークのお嬢さんもムーミン谷での素朴な暮らしへ戻ることを当たり前のことと捉えている。
ムーミン谷での暮らしは質素で日々の変化に乏しいが、四季があって自然の豊かさはある。ムーミンたちはいつだって、そういう暮らしの方を好むのだ。

贅沢な暮らしには、他者と比較して上を目指すことになるため満足するよりも、もっと贅沢になりたいという飢餓感が消えずにキリがない。また、上流階級の社会は狭いから、少しでも逸脱した行為を行うと今回のムーミン一家のように社会から追放されることになるから、個よりも集団から逸脱しないことが優先される。
そういう不条理なことや人のもつ欲望の果てしなさといった普遍的なテーマをこの愛らしいキャラクターたちによって紡がれているというのに好感を持てる作品となっている。


劇場版 ムーミン 南の海で楽しいバカンス


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