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ホヤと国家の環世界――奥山真司『サクッとわかるビジネス教養 地政学』

ホヤは国家であり、国家はホヤである

「海のパイナップル」との別称を持ち、三陸地方で獲られることで有名なホヤは、非常に独特な成長プロセスを辿る生き物である。

幼生の間はオタマジャクシのように目や尻尾を持ち、軽微に身体を震わせ海の中を泳ぎ回るが、成長の過程でホヤはこうした運動器官を自ら捨て、岩場に固着し受動的に栄養を摂る植物のような生体と化する。

人間で言うなら、子どもから大人になる過程で目や脚を捨てるような一見不合理な変化をこの生き物は遂げるわけだが、進化論的に言えば何かしら合目的性があるのだろう。

とはいえ、成長途中で「視覚」を捨てるホヤの気持ちをどこかで想像してしまう自分もいる。

しかしホヤ自身が知覚する世界、哲学者・ユクスキュルの言う「環世界」に我々人間は関与できないのであれば、彼らの「不可解な進化」に感情を移入する筋合いもない。

 

このように、自然界には人間の直観では理解し難い環世界が存在するが、しかしそれは自然界に限ったことでもない。

たとえば、大量の人間が集まって形成される「国家」もまた、個人としての人間とは異なる一つの環世界を形成すると言えよう。

 

我々がホヤの環世界を直観的には理解できないように、国家の環世界も直観的に理解しようとすると誤った理解に陥りかねない。

そこで人間が国家の行動原理を理解するために編み出したツールの一つが、「地政学」である。

環世界を覗くための地政学

我々は日常、政治や国際問題に対して良くも悪くも個人としての目線の高さから世の中の出来事を見ている。

自国に外国軍の基地が建設されると聞けば直観的に反感を抱き、ある国がある国に資金援助したと聞けば国際協力関係の進展に胸をなで下ろす。

だが、地政学的観点を導入すれば、国家間の動きというもののほとんど全てが、非人間的に政治的・経済的合理性を追求する算盤勘定によるものだと分かるだろう。


今回拝読した奥山真司『サクッとわかるビジネス教養 地政学』(新星出版社)は、こうした各主要国の行動原理を、地政学における基本概念の「シーパワー」「ランドパワー」「ハートランド」「リムランド」等を用いながら具体的に解説した地政学入門書である。

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ほぼ全てのページに地図が掲載されており、地理が不得意だった私も知らない地名を一々調べることなく読み通すことができた。懇切丁寧なブックデザインに感謝したい。

 

160ページ弱の入門書とはいえ、ポーランドとベラルーシの役割、ギリシャとロシアの関係など、TVや新聞のトップニュースだけでは知り得ないが、国際問題を考えるにおいて欠かせない地政学的な裏事情の解説が充実している点も有難い。

個人的には、直接攻めることなく相手国家の構造的コストを増大させる「コスト・インポージング」という戦略を知ることができただけで得たものは大きかった。

 

表題に「ビジネス教養」とあるためビジネス本嫌いの方々は中々手に取り難いと思われるが、主権者たる市民として国家を監視するために必要な知識体系が詰め込まれた「一般教養としての地政学」と言った方が適切だろう。

人間とは違う別の生物としての「国家」を研究する地政学、その最初の一冊として是非推奨したい。

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