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一生食べていけるビジネスモデル

老若男女を問わず誰でも行なうことができ、いかなる税金を払うこともなく一生食べていけるビジネスモデルがあると言ったら貴方は信じるだろうか?


【本文】


私は世界中の誰もが驚く画期的なビジネスモデルを開発した。

この方法を貴方が私の言う通りに実行したならば、貴方が何者であったにせよ(そう、たとえ学生でも、もしくは老人であってもだ!)衣食住にとらわれることもなく、また税金その他の如何なる支払いを気にすることもなく、一生涯、食べていける人生が保証されるのだ。しかも驚くべきことに、このビジネスを始めるにあたり元金は一切不要である。

このドキュメントに出会えた貴方はとても幸運であると私は断言する。何故なら、貴方の境遇が何であれ、私の開発したこのプログラムをただひたすら忠実に実行するだけで、貴方の人生の成功はもはや約束されたも同然であるからだ。否、もしも貴方が望むなら~そしてほんのちょっぴり幸運が貴方の元に微笑んだならば、貴方の配偶者や扶養家族、そしてその子孫末代に至るまで、永遠の繁栄が得られるかもしれないのである。

どんな仕事をするのか?それについて気になるのは当然であろう。残念だがこれはまだ全人類が誰も体験したことのない極秘のプログラムであるため、いまここでその全貌を明らかにすることはできない。

だがこれだけは言っておこう。貴方がこのビジネスをやると決断した場合、そのミッションは驚くほど単純で簡単なものであるということだ。貴方がすることと言えば、空調の調節された空間において椅子に座り、ちょっとした考え事をしたり、ほんのわずかに口を動かす、その程度のことだ。

最小限の守らなければならない決まり事は存在するが、それ以外は任務遂行時間中どのように過ごしていただいても構わない。その範囲において、貴方の自由は保障されている。その気になれば小学生でも、いや未就学児ですらできないことはないであろう。聞いたら誰もが「何だそんなことか!」と思わず納得する、コロンブスの卵的な発想のユニークなアイディアだ。

まだ何か聞きたいことはあるかね?

聞きたいことを探しているのか?
残念ながら、時の刻みは其方の疑念や泣き言などに付き合ってはくれん。

さあ、何をそんなにぐすぐずしているのか?
無限の可能性を秘めた扉は既に開かれた!
後は貴方が決断するだけだ。

決断せよ!!

貴方の人生の成功を私は心から祈っている。
Good luck to you.

いま貴方が何を思い、何を言っているのか、私には聴こえている。

「そんなうまい話があるわけないではないか」
「どうせ詐欺でしょ?」
「アイツとうとう気が狂ったか」
「情弱ビジネス乙」
etc、etc…。

おぉ、負け犬の遠吠えはいつ聴いても空しくそして悲しいものだ。そうやっていつまでも己が人生の殻に引き籠り、少ない賃金と過重労働そして上司の叱責に苛まれながら、嘆息と後悔で塗りつぶされたその灰色の生涯を静かに閉じるが良い。栄光への扉はいまここで閉じられた。どうか平凡な人生を。

私は実行する者だけを導くことにする。

ここから先を読んで良いのは、これからここに如何なることが書いてあったとしても、迷い疑うことなくただひたすら従順に、そして忠実にその教えを実行すると決断した者のみだ。

読んでいくうちに疑念が生じ「いや、それはちょっと…」と尻込みするような腰抜けは私の学び舎には必要ない。

何があろうとも、そして貴方の身に何が起ころうとも、ここに書かれたことを信じて、信じて、ただひたすらに信じ抜いた者のみが、栄光の果実を貪ることができるのだ。

さあ行こう!時は金なり、無駄に時間を食い潰し、惰眠を貪る余裕はいまの貴方にはない。

目覚めたか?

ならば立て!
実行あるのみだ!


…と言いたいところだが、ちょっと一気に話したので腹が減ってきたな。

急いては事を仕損じ、腹が減っては戦も出来ぬ。私と貴方、お互いの親交を深めるためにも、先ずは食事などご一緒するのが良かろうと思う。

食事の場所は…そうだな、貴方の国、日本には牛丼で有名な吉野家(吉の字は正確には「土」に「口」と表記)というのがあるそうではないか。そこに行こう。ビジネスの話なんてものはファストフードで一気にやってしまうのが良い。それもいますぐにだ。貴方がいつこれを読んでいるのか分からぬから、24時間営業の店舗が良かろう。なお有事に備えトイレのある店舗を探すべし。有能なビジネスマンは常に備えを怠らぬものだ。

見つかったか?ならばいざ征かん、大いなるビジネスの第一歩へ!!

ほう…ここが吉野屋というのか。こじんまりとしているが、なかなか良い佇まいではないか。早速だが何か注文しよう。これそこの者、メニューを見せてはくれまいか?

昔と違い、いまはメニューも増えたのだな。私が沈みゆく国日本を後にしてアメリカに渡った後も、時代は着実に移り変わっていたわけか。あぁ、別に何をどれだけ注文しても良いぞ。遠慮なく何でも食べるが良い。

ちょっと待て!!

お前、何をそんなに焦って食おうとしているのだ!?食事は逃げないと親に教わらなかったのか!?あぁ情けない…!ろくに味わうことをせず、咀嚼もせずに飲み込んでいるから、日本のビジネスマンは世界に通用しないのだ。

いいか、これから私の言うことをよく心に刻め。

食事は人を構成する重要にして最大の単位だ。それゆえに疎かにすることは断じて許されない。

いまこの瞬間から、貴様は1回の食事を最低6時間かけて食べろ。

異論は認めない。私のこのプログラムを実行すると決断したのだから、それがどんなに理不尽で滅茶苦茶に思われようとも、私の言ったことに対しては一言一句の齟齬もなく完璧に実行してもらう。

だいたい、貴様等日本人が普段から行なってきた「5分~10分で飯をかっこむスタイル」なるものが海外から見たら異常なのだ。遠く世界に目を向け、諸外国を見てみるが良い。どこの国も食事にはことさら時間をかけ、感謝を噛み締めながらいただいておる。

分かればよろしい。
これから残りの人生、貴方の1回の食事は最低6時間だ。

理解したな?

6時間もの食事。悠久たる時空の流れに身を任せ心を委ねながら、貴方が考えることはいくつもある。

もはや成功が約束された人生を前にして、貴方は何を成し遂げたいのか。何処へ羽ばたきたいのか。どんな夢を見たいのか。将来設計はどうすべきか。家族が、社会が、そして世界全体が幸せで満たされるためにはどうすれば良いのか。やはり牛丼にみそ汁は欠かせないものなのか。

そんなこんなをあれこれと考えながら、ひと口、ひと口、静かにゆっくりと、食事を口に運んでいく。

時の流れは遅きに見えて疾きもの。気付けばもう6時間が経過しようとしている。この世におけるありとあらゆる生きとし生けるもの全てに感謝し、そして万物を司る神羅万象に対し祈りを捧げつつ、「ご馳走様」という代わりに貴方はこう言うのだ。

「すみません、追加注文いいですか?」

だってそうだろう?常識で考えてみろ。貴方が最初に店に入って料理に口を付けてからもう6時間も経っているのだぞ?普通はそれだけ時間が経過すれば、腹が減るのは道理であろう。かくして貴方は次の食事もここ吉野屋で食べることとなった。何を注文しても良いが、1回の食事で最低6時間かけるという鉄の掟は絶対に順守せねばならない。

このように貴方は次の6時間も吉野屋で食事することと相成った。言うまでもないことだが6時間も経過すればお腹が空くことは必定であるから、次の食事も川の流れが上から下に流れるが如く必然的に吉野屋で食べることとなる。嗚呼、必然とは斯くも甘美な響きであることか!!

そしてその6時間後、もちろん追加でさらに6時間分の食事を注文することになるわけだが、ここでひとつ重大な問題が発生する。いくら貴方が鉄人であろうともやはり人の仔。腹がいっぱいになると眠くなるものであろう。だがここは飲食店なので、食事中に堂々と寝るというのはいささか礼儀作法に欠ける態度だと言わざるを得ない。ということで、まぁここは食事をしつつ、バレぬよう若干のうたた寝をするくらいは勘弁してもらうとしよう。

なぁに吉野屋と言えどこれだけ長時間に渡って多量の注文をした上客を無碍に扱えるはずもない。私は長年日本のビジネスマンを相手にしてきたから分かるのだが、彼ら末端の店員は原則として客には逆らえぬものだ。ましてやそれが大口顧客ともなればなおのことである。

結果的に24時間、貴方はまるまる吉野屋で過ごすこととなった。1日の食事サイクルで言うなら、「モーニング」→「ランチ」→「ディナー」→「夜食」というまさに正しく整った循環である。正しきことは継続せねばならない。故に引き続き、次の食事もここ吉野屋でとることが確定した。

こうして貴方が思索に耽りつつ食事を楽しむ生活を3日ほど満喫していると、いずれお店のスタッフが近付き、貴方にこう話しかけてくるであろう(気が短い店員なら1日でそうするかもしれない)。

「あのう、お客様…そろそろ一旦会計させていただきたいのですが…」

※この女性は吉野屋とは関係ありません。

これに対し、貴方は不敵に、それでいながら爽やかな笑みを浮かべながら、幼子を諭すように、次のように言うのである。

「まだ食べている最中なので、食べ終わるまで待ってもらえますか?」

そう、貴方は支払わないとはひと言も言っていない。ただ「まだ食べ終わっていないんだから、食事が終わるまで待ってほしい」という、後払い会計のお店であれば至極当たり前のことを主張しているに過ぎないのだ。案ずることは何もない。貴方は絶対的に正しい。それみたことか、後払い会計制の吉野屋を選んでおいて正解だったろう?食券機制を採用している他チェーンの店舗ではこうはいくまいぞ。

こうして貴方は来る日も来る日も、ずっと吉野屋で過ごすことになる。言うまでもないことだが、このプログラムを実行している間、店舗から外に出ることは絶対に許されない。何故なら此方の店員は、店舗から出ようとすると直ちに会計を要求する習性があるからだ。これに対抗するには徹底して籠城するより他にない。良いな、私が許可するまで外出禁止だぞ!!

※ 上の図は吉野屋とは関係ありません。

それさえ守っていれば、お店の設備(テーブル、イス、トイレなど)はある程度自由に使って構わない。お店のスタッフはもはや家族も同然。親しく話しかけては来ないものの、貴方の日々の生活を常に見守ってくれる。人の絆とは何とも心強きものであるな。

だがしかし、分からず屋の店員はこのように言ってくるかも知れない。

「あのうお客様…当店は一定時間を超えたら一旦会計する決まりでして…」

何だそれは!そんなルール見たことも聞いたこともないぞ!!

貴方の国、日本では何事においても主張せず、相手の機微を察することがことさら美徳とされるようだが、そんなものは国際社会に出たら通用しない。決まりごとはそこに書かれていることが全てなのだ。だからこそ世の中では「ネコを電子レンジに入れて乾かしてはならぬと取扱説明書に書かなかったことについてのメーカーの非」が訴訟沙汰になったたりもする(無論そんなことは絶対にしてはならないが)。

ということで、貴方は明文化されているわけでもないルールをもって退去を迫る理不尽な店員の要求など完全に無視して良い。理解したな?

そこでもうひとつ、社会生活を行なううえで解決しなくてはならない問題についてお伝えしよう。風呂はどうするのか?

※ 上の図は吉野屋とは関係ありません。

もちろん牛丼屋なのでシャワールームなどというものはない。だがトイレが完備された店舗を選んでいるはずなので、そこに行って用を足すついでに少しだけ頭や身体を洗わせてもらうことにしよう。手持ちのハンカチを少し濡らして全身をくまなく拭けば、衛生上の問題はない。ビジネスエリートは常に身だしなみを整え、清潔な印象を保たなくてはならないのだ。よく心に留めておくように。

1週間が経過したあたりになると、今度は店長が自ら貴方との交渉にやってくるかもしれない。さらにその地域のエリアマネージャーが、やがては吉野屋本社のお偉いさんが現状視察に現れ、貴方が食事している最中に支払い云々の件について物言いをつけてくるであろう。

臆してはならぬ。ビジネスの規模が大きくなればなるほど、より上位の役職者と渡り合わねばならぬことはビジネスの世界では常識だ。だがここで駆け引きを打つ必要はない。貴方はただ、先に教えた魔法の呪文を唱えるだけで良いのである。

「まだ食べている最中なので、食べ終わるまで待ってもらえますか?」

現れた相手が何者であろうとも、そして貴方に対しどのような恫喝をしようとも、正義は貴方と共にある。むしろここで悪いことをしているのは、人が食事をしている最中に土足で乗り込んできて耳元でがなり立てる者たちの方である。これが悪徳でなくて何であろう。どこかのドラマの主人公も言っているではないか。

モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。

どこかのドラマ(漫画だったかも)

もしも相手があまりにも分からず屋のろくでなしだったならば、貴方はその澄んだ瞳と菩薩の表情で、こう諭してやるのも良いだろう。

私はただ食事をしているだけで、料金を支払わないとは言っておりません。食事が終わってお店を出ていくときには飲食した料金すべてを支払うと約束しましょう。必要なら契約書を交わしても構いません。とりあえず今は食事中なので、お話しはまたにしてもらえませんか?

ここまで言えば相手も企業人。どれほど偉い立場の者であろうとも自らの立場を自覚し、大人しく退散せざるを得ない。こうして貴方は安息の食事時間を守ることに成功するのである。

2週間ほど経過すると、ほぼ我が家と化したこの我らが店舗にけたたましきサイレンの音が鳴り響き、遂に警察が貴方の元にやってくるかもしれない。

無論この国家の犬どもを呼んだのは奴等、企業サイドである。たかがほんの少し長い間食事をしているだけで何の罪も犯していない無辜の民を国家権力にて脅かそうとは、何たる矮小かつ愚劣な連中であろうことか。

奴等は武装し、手錠を装備してきている。下手をすれば逮捕状すら準備して乗り込んできているのかもしれぬ。貴方のビジネスモデルに大いなる危機が迫る。だがしかし、それでも断じて屈するわけにはゆかぬ。人間にとって最も大切な食事の時間を無碍にせんとする痴れ者共に、正義は全てを貫く剣であることを教えてやらねばならないのだ。奴等にとって正義と呼べるものが法である以上、此方も法を以て示す必要がある。具体的には次のようなことを述べられれば良いだろう。

・私に飲食代を踏み倒す意思はなく、故にそんな証拠は何処にもない。証拠もないのに逮捕を行なったならば、これは当然誤認逮捕となる。この逮捕に対し、此方は弁護士を立て徹底的に争うつもりである。
・結果として無罪が立証されたのなら、国家賠償法第1条に基づき然るべき賠償を請求する。
・また刑事訴訟法第64条に基づき、貴官の懲戒手続を要請する。

ここまで並べ立てれば例え警察と言えどぐうの音も出まい。こちらが法に守られている以上、すごすごと引き返す他はない。所詮それが国家権力の限界なのだ。おめでとう!これで貴方の正義は完全に証明された。貴方の食事を邪魔する勢力は、もはやこの宇宙の何処にも存在しない。

こうして如何なる敵をも退けた貴方が次に戦わねばならぬ相手、それは貴方自身に他ならない。企業を相手に一歩も引かず、国家権力を捻じ伏せたにも関わらず、貴方の心は未だ晴れやかではないかも知れない。少しでも不安の念に囚われたなら、己が心にそっと問うてみるが良い。例えば最近、貴方はこんな風に感じていないだろうか。

「いつまでもこんな風にタダ飯を貪っていて本当にいいのだろうか」
「自分は何のためにこんなことをしているのだろうか」
「人生とはいったい何なのだろうか」

よろしい。ならば私が今こそ貴様に喝を入れてやろう。

目を覚ませ!!貴様はあの日、このビジネスモデルを体現し、絶対に人生の成功者になってみせると誓ったのではなかったのか!!あの時の貴様の目は爛々と輝き、ただひたすら真っ直ぐに明日の栄光のみを見つめていたはず。あの日の誓いを、絶望から立ち上がる情熱を、貴様はもう忘れてしまったのかね!?情けない…そんな奴はもう私の弟子でも何でもない。とっとと店舗に会計を申請し、身包み剥がれて刑務所に入って惨めな生涯に幕を閉じるが良いわ!それが貴様の人生だと言うなら私はもう止めはせぬ。

それにタダ飯とはどういうことか。貴様はこのビジネスモデルを詐欺か何かと勘違いしているのではないか?分かっておらぬようだから何度も言うが、これは立派な仕事なのだ!貴様は何も間違ってはおらぬ。我々は何も永久に食事をし続けるわけではない。いずれ食事を終え、陽光の大地に飛び立っていくその時に、これまでの清算分に利子を付けて気前良く支払ってやれば良いではないか!!さすれば店員も貴様のことを見直すはず。貴様は吉野屋を救った神として歴史にその名を残すことになるだろう。そんな栄光が眼前に見えているというのに、貴様はもうあきらめるつもりなのか?この不心得者めが、恥を知れ!!

案ずるな。人とは斯くも弱き者。勇者メロスならずとも道に惑い、その心が闇に閉ざされることもある。そんなときに行く手に灯火を照らし、進むべき正しき道を示すのがこの私の役目なのだ。いまこうして来る日も来る日も忠実に時間を守って食事をしているのは、いまのお前にそれが必要だからだ。言い換えればそれが今のお前の業務ビジネスなのだ。ビジネスを行なうのにその是非について迷うこともあるまい。お前はただただ胸を張って、日々を正しく生きてゆくが良い!分かったか。おお、分かってくれたのか!それでこそ我がビジネスパートナー!私はお前を誇りに思うぞ。

さて、吉野屋食事生活もそろそろ1ヶ月を経過した。この頃になるとテレビや雑誌などマスコミの連中が珍しがって貴方を取材しに来るかもしれない。

だが臆することはない。貴方は何も悪いことをしていないのだから、堂々と取材を受けよ。そして彼らの質問には何でも答えるが良い。何ならテレビに向かってこう言ってやるのもいいだろう。

「貴方も私と一緒にここで牛丼を食べませんか?」

徳孤ならず、必ず隣あり。これすなわちビジネスパートナーの募集である。貴方の素晴らしき人徳と善行に共鳴する者が現れたとき、この世界に革命が起こり、事態は思いも寄らぬ方向に動き始めるかもしれない。この呼びかけにて集まったすべての人々に対しても貴方は私に言われたことを叩き込み、大いなる理想世界の構築に向けて邁進せねばならないのだ。

やがて貴方の言説はYouTuberによって全世界に配信され、貴方は一躍世間を騒がせる時の人となるかも知れない。誰もが貴方の雄姿をひと目拝もうと集まってくるだろう。

そして貴方のいる店舗は常時満員御礼となり、賑わいの絶えぬ地域のランドマークとなるのだ。こうなれば吉野屋側も貴方のことを冷遇することはしない。吉野屋の代表取締役が貴方の元を訪れ、感謝状を渡す可能性すらあるだろう。しかしそんな周囲の騒然たる有り様を横目に見つつ、貴方は己の仕事を忠実に守り抜き、1食6時間の掟を守りながら、今日も明日も明後日も、ただひたすらに牛丼を喰らい続けるのである。

月日は百代の過客の如く過ぎ、貴方の吉野屋における食事生活は既に1年を経過した。これまでに幾人ものビジネスパートナーが貴方とその生業を共にしようと座席に腰かけたが、結論から言うと任務を最後まで全うし得た者は一人もいなかった。何事も言うは易し、行なうは難しなのである。

かくして今日も独り寂しく牛丼を喰らう貴方の元にひとりの異性が訪れた。それがいつかは分からないが、人にはいつか必ずそんな日が来るのである。

その異性もまた貴方の隣に座り、貴方と共にこのビジネスプログラムを達成せんと熱く理想を語った。だが貴方は何も期待しない。これまでにその席に座りそして去って行った数多の幻影たちが、貴方を殊更人間不信にさせてしまっていたのである。

だがその人はそこから去らなかった。

1ヶ月、2ヶ月…気の遠くなるような連れ添いの日々がいつしか貴方とその異性の絆を育み、単なる仕事仲間としての繋がりを愛に変えていった。

そして2人は結婚することに。婚姻届の提出はたまたま店舗に来ていた貴方のファンにお願いした。代理人による手続きなので多少のいざこざがあったようだが、結果的には行政も事情を汲んでくれることに。ご両名の結婚式は婚姻届が受理されたその日に貴方が常駐している店舗にて行なわれ、当日は結婚記念牛丼が吉野家本社より振る舞われることとなった。

人生初の共同作業は多くのファンが見守る中で行なわれ、その様子はYouTubeのライブ配信によって全世界に公開された。


そして時は静かに流れ…。


X年後、地球史上前例のない「牛丼チェーン店内で出産を迎えた子供」が、その吉野屋に爆誕したのである…。

「何をどうやって?」「いつどのように?」など数々の疑問が貴方の脳内に生じたかもしれないが、それについてここであれこれ詮索するのは野暮と言うものであろう。落ち着け!中学生じゃあるまいし!私はあくまでも可能性の話をしているのだ。幾年も幾年もただひたすら己の任務を忠実に全うするビジネスマンに、浮いた話のひとつやふたつあっても良いではないか。そうは思わんかね?うむ、分かってくれればそれで良いのだ。

そんなこんなで、これからは一家3人、家族で共に手を取り合い、このビジネスプログラムを遂行し続けていこう。産まれてきた愛しの我が子に食べさせる記念すべき最初の食事は、言うまでもなく牛丼の並盛である。離乳食?そんなものはない。

こうして産まれた赤ちゃんは栄養たっぷりの牛丼と両親の愛に包まれながらすくすくと元気に育ち、幼少期、少年期、やがて思春期を経て青年、そして成年へと成長していく。学校にこそ行かなかったが、両親と共に毎日仕事に励み、いまや極めて優秀なビジネスのプロフェッショナルとなることができたのである。そんな日々を送っていたある日のこと…。


貴方はついに倒れた。

この世を去るときがきたのである。


貴方はこれまでビジネスを共にしてきた家族、そして店舗スタッフの方、さらに多くのファンの皆様に見送られながら、この世を去ることとなった。

胸を張って逝け。貴方は極めて優秀だった。
私の開発したビジネスモデルを見事最後まで遂行したのは貴方だけだ。

生涯を賭してやり通したその成果が如何ほどであったか。天国からその目を開いて見るが良い。

収支計算(エコノミープラン)

単価:牛丼・並盛 448円(2023年7月時点での税込み価格)
× 4回(1日あたりの食事回数)
× 365日(1年)
× 50年(25歳から始めて75歳没にて算出)
----------------
合計:32,704,000円

これこそ貴方が生涯吉野屋に人生を捧げて叩き出した利益である。ちなみにこの計算は簡略化するため牛丼並盛しか食べていないことにしているが、大盛や特盛を食べていたり、みそ汁を付けたり、その他定食を食べていたり、はてまたはビールを呑んでいたなどの要素によって、その数字は大幅に増大することとなるであろう。参考までに、以下贅沢サンプルを記しておく。

収支計算(プレミアムプラン)

単価(2023年7月時点での税込み価格)
・牛丼・超特盛 921円
・サラダセット(みそ汁付き) 195円
・生ビール(ジョッキ)398円
食事合計:1514円
× 4回(1日あたりの食事回数)
× 365日(1年)
× 50年(25歳から始めて75歳没にて算出)
----------------
合計:110,522,000円

このように、注文する内容次第で貴方がどれほどの利益をこのビジネスから得たかが決まる。まさかの億超え!!億り人とはまさにこのことであろう。なお鰻重とかの高価格商品を加えれば、貴方の得られる利益はさらに増大するであろうことをここに付け加えておく。

言うまでもないことだが、貴方がこのビジネスモデルによって得られた利益を店舗が回収することは絶対に不可能だ

だって亡くなっているんだもの。

どっから取るの?

もちろん貴方は踏み倒す気なんてさらさらなく、いつか食事を終えてお店を出るときすべてを清算する気でいたことは言うまでもない。

本当は支払いたくて支払いたくてしょうがないのよ?

本当の本当よ?

私の目を良く見て?

私が嘘を言ってるように見える?

でも亡くなっちまったもんはしょうがねえよなぁ~!!

ということで貴方が生涯で食べたすべての食事分は、そのまま貴方が労働で稼ぎ出した純利益なのだ。

貴方はよく働いた。自分自身を褒めてあげたまえ。

さらに残された家族がなおもこのプログラムを継続し、この店舗で子孫を増やし続けたならば、その営みはいついつまでも尽きることなく、その家族に利益をもたらし続けるのである。

無限の時間を経てもなお、地球が滅ぶその瞬間まで止まることのない永久機関。千代に八千代に、さざれ石の、いわおとなりて、こけのむすまで。

人類全員がこの真理に気付き、誰一人欠けることなくこのプログラムを実行したならば、この世界はどうなるだろうか?

如何なる諍いも戦争も存在しない真のユートピアはすぐそこにある。

誰もが誰とも争うことなく、好きなだけ己の富を築き上げることのできる、真に豊かな世界を…。

貴方はいま、自身の決断ひとつで作り出すことができる。

私の言っていることに、何か問題があったかね?
約束通り、一生食べていくことができただろう?


では、輝きと喜びに満ち溢れた人生をどうかぜひ謳歌してくれたまえ!!
私はとある店舗のカウンターにて、貴方の成功を祈ることとしよう。

あぁ、今日も牛丼が美味い。
何千回食べても、吉野屋はやっぱり最高だ!!

(了)

【注記事項】

・本文はあくまでもエンターテインメントならびにフィクションですので、それを念頭においてお楽しみください。

・吉野屋をはじめとする飲食店に不当な長時間居座る、食事以外の行為をするなどの迷惑行為は厳に慎まれるようお願いいたします。

・乳児にいきなり牛丼を食べさせるなどの行為は児童虐待となる場合がありますので、厳に慎まれるようお願いいたします。

・作品中の写真や図は、店舗外観と牛丼を除いてはPHOTO ACとイラストACを使用しております(切り抜きや加工をしている場合があります)。

・店舗外観の撮影ならびに掲載につきましては著作権法45条2項ならびに46条を確認したうえで行なっております。

・商標権については、本文において何らかの商売をしているわけではない以上、商標権の侵害には該当しないと考えております。

・本文をお読みになった結果、如何なる不利益や損害が発生したとしても、著者は一切その責任を負わないものとします。

・本文で登場した吉野屋様には深い感謝の念を捧げます。牛丼提供飲食店は多数あれど、私は同種業態の中で吉野屋を最も愛していることをこの場を借りてお伝えする次第です。Viva吉野屋!!

#創作大賞2023
#オールカテゴリ部門

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