見出し画像

レバノンとビール ①

中東のイスラム諸国にも、非イスラム教徒を対象とした酒類の販売が成されている国・地域が存在するという認識はあった。しかし、サウジアラビア等においての厳格なアルコール禁止姿勢 (違反すれば外国人であっても容赦なく厳罰が科せられる) の印象があまりに強烈であるため、中東に足を踏み入れた経験が皆無であった私は、レバノンにおいてのアルコールの開放具合にも、漠然とやや閉鎖的なイメージを抱いていた。

結論として、私のイメージは覆された。

しかし、よく考えてみると「世界で知られるNightlifeの都市Top10」的なリストでは、よく「ベイルート」という名前は目にしていた気がする。ベイルートを知っている人から見たら、笑われるほど当たり前の事実かもしれないけれど...。

レバノンにおいての酒類の存在は非常に強いものであるようだ。大手スーパーマーケットの酒類陳列棚の充実具合は、日本のスーパーマーケットのそれを凌ぎ、北米の一般的なLiquor Store (酒屋・酒店) のそれに匹敵している。リキュールやワインの品揃えは非常に豊富であり、ベカー高原で造られる国産ワインの他にも、西ヨーロッパやニュージーランド等からの輸入ワインも多く取り扱われているようである。蒸留酒は日本よりも割安であるが、西ヨーロッパ地域等の価格と比較するとやや割高という印象を受ける。

街角の小さな商店にもビールが並ぶ。

ビールにおいても地中海域の流通ブランドや、メキシコのSolやCorona、ベネルクス諸国発の世界流通ブランドであるHeinekinやStella Artoisなどは、比較的どこでも購入することができる。驚いたことにSpinneysという大型スーパーマーケットでは、Sapporo Premium (サッポロ生ビールの北米版) や東京発のクラフトビールである「東京ブロンド」などまでもがレギュラーとして取り扱われている。

Far Yeastの「東京ブロンド」「東京IPA」
日本国内の定価の1.7倍程度である。

ベイルート市内に足を踏み入れた瞬間から、酒屋とテラス席を備えたバーの数の多さには驚いたけれど、スーパーマーケットを訪れてまで、溢れるほど積み上げられた酒瓶を目にすることになるとは思っていなかった。

夜が更けた頃の、ギラギラと光り輝くベイルートの海岸線は、度重なる内戦で荒廃し、経済的危機に見舞われている首都の現状を思うと、幻想のように見えてしまう。

それとも、ビールとワインと様々なカクテルで溢れるナイトライフは、そんなご時世だからこそ人々が必要としている憩いの空間なのだろうか。

それはどんな人々なのだろう。

「International Beer Event」
等様々なイベントが開かれる。

同国のアルコール流通状況は、宗教的多様性に富んでおり、非イスラムの文化に対して寛容であるというこの国の特徴が投影されている。

イスラム教の文化が必ずしも圧倒的ではないことは、街を歩いているだけで実感できる。特に都市部では、スカーフを着用していない女性の比率は高く、外国人に宗教に対する配慮を促すような強い風潮は感じられない (モスクなどの宗教施設を除く)。2017年時点で18の宗派が認められており、イスラム教徒は人口の半数強である57.7% (内28.7%がスンニ派、28.4%がシーア派) に留まり、36.2%がキリスト教徒 (マロン派が大多数) となっている。

しかし、興味深いことに国勢調査 (人口調査) が最後に行われたのは1932年であり、現在に至るまで当時の宗教比率が公に使用されている。現代の国家基盤構築プロセスに寄与した重大な国勢調査であったわけだが、86年間も調査が行われていないというのは驚きである。宗教間の対立やバランスの崩壊が幾たびの戦争・紛争の引き金となってきた背景があるだけに、最もバランスの取れた数字を使用し続けるということなのであろう。

ちなみにイスラエル建国以後に同国へ入植してきたパレスチナ難民は上記の統計には含まれてはいない。国連機関に認められているだけでも45万人ほどになる。100万人ほどと見積もられている同国のシリア難民も、当然含まれていない。レバノン社会の、(宗教バランスの) 均衡が損なわれることに対する恐怖を理解するためには、近代史を紐解いてゆくことがてっとり早いのかもしれない。

実際には今日はイスラム教徒の比率が圧倒しているというような話を聞いた。世界一人口に対する難民の数が多い国ではあるが、世界指折りのナイトライフを提供している都市を有している国。一見不思議に思うかもしれないけれど、何らおかしなことではないのかもしれない。私たちと何ら変わりない、ふつうの人々なのだ。

[最終更新: 2019年7月31日 2:25]

補足:
- 酒類の流通具合は個人的な感覚によるものであり、ベイルート市内の情報に限る。
- レバノン共和国の宗教比率は米国CIAウェブサイト (https://bit.ly/1iU8vbY) を参照。最終更新日は2019年7月10日。
- レバノン共和国のパレスチナ難民の数はUNRWA (https://bit.ly/2tIApmo) を参照。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?