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アニーとブロンド

“美しい髪”という言葉を聞くと、思い出すことがある。

確か小学6年生の夏だったはずだけれど、父の友人家族と軽井沢にある古ぼけた洋館のような別荘にしばらく滞在していたことがあった。
その別荘は旧軽銀座の奥まった別荘地にあり、周りには日本人の家はなく、外国人ハウスばかりだった。今から35年以上前のあの辺りはそんな感じだった。

友人家族の家の子どもは憎たらしい小学生男子ばかりなので、一緒に遊びたくもなく、私はすぐに退屈した。
その憎らしいガキどもを撒いて行った散歩から帰ると、家の前に、新聞屋さんが乗るような、大きくて古い自転車に乗って石塀に寄りかかる、白人の女の子がいた。可愛い子だった。私より少し小さい。

なんとなく微笑み合いながら「こんにちは。自転車大っきくない?漕げるのそれ」と聞いてみると、彼女は「なんとかね。ねえ、ここの子?いつまでいる?」と言った。
多分10日くらいはいそうだと答えると、だったら友達になれるね。日本人の子はみんなすぐ帰るから、友達になれないのよ、と言った。

その日から私たちは毎日一緒だった。

お互いの家を行き来したり、家の裏を流れる小川を無意味に飛び越えたり、自転車に乗ってちょっとした冒険をしたり。その大きな古い自転車は、ジェニー(彼女の名前である)には大きすぎて、不恰好な立ち漕ぎしかできない。私もそうだ。
それでも2人で乗ったり押したりしながら、教会の脇の児童館や旧軽銀座へ出かけた。
まぁ、お金を持っていないので、通り過ぎるだけだけれど。

旧軽銀座をジェニーと歩いていると、女の人はすぐに「ハロー」と言ってくる。
ジェニーは絶対的に答えない。無視だ。
「バッカみたい。外人だと思うとすぐにハローって言ってくる女の人、大っ嫌い」という。ああいった人は、犬を見ても「きゃー可愛いワンちゃん」というのだろう。
共感できたので、私も一緒にフンっとした。
ボーイフレンドと歩いてる女性は、子どもにそうされるとバツが悪いようで、ちょっと面白かった。

ジェニーはわりと“気にし屋さん”だ。
アメリカ人(なのだ)はもっと陽気で積極的だと思っていたけど、みんなではないらしい、ということが彼女に会ってわかった。

今日はお気に入りの格好をして会おう、と彼女が言うので、ピンクのズボン(あえての。パンツではなく)を履いていったことがある。彼女はオレンジのズボンだったけど、私のズボンの方が可愛く見えたらしく、「私だってそういうのは持っているんだ。ここにないだけで、本当に」と、小一時間グズグズ言っていた。
彼女も夏の間だけ軽井沢に来ているので、お気に入り全てを持って来られるわけではない。持ってると思ってるし、わかってる、と言いながら、めんどくさいやつだなーと思った。

その気にし屋が原因で、喧嘩になってしまったことがある。

その日はジェニーの家で遊んでいた。
彼女には姉がいる。
姉のベスの髪はうすい色の金髪で、細くまっすぐなその髪は、それはそれはとてもきれいで、いつもキラキラと光っていた。
ジェニーの髪はクルクルの天然パーマで、少し色も濃い。イメージは赤毛ではないアニーといったところ。
だけど私はその髪も好きだし、2人が羨ましかった。
ただ、ジェニーの性格上、そこは気にしているだろうと思い、子どもながらに細心の注意を払っていた。その日までは。

ボードゲームが終わり、みんなでおしゃれごっこをしていた時、ベスに「髪を梳かしてもいい?」と聞いてしまったのだ。
だって、触ってみたかったから。
そんなきれいな髪、触るチャンスないと思ったから。

今でも忘れない、あの感触は。
艶やかで少し冷たくて、細いのに量が多い。猫の背のような、うーん、いい言葉が見つからない。髪をパラパラっとさせたら、キラキラと音がするような、そんな髪。

暫し恍惚とした。

すると、後ろから「なんで私の髪を梳かすとは言わないの?」という声がした。
しまった!と思った時には大概のことは遅いのだ。
「わかってる。あんただってどうせそう思ってるんでしょ!みんなベスの髪ばかり褒めて。もういい。」
慌てて、そんなことはない、私にとっては2人とも可愛くて、羨ましい。私の髪は真っ黒で、太くて、全然サラサラしてないから、触ってみたかっただけ。と言ったが、ジェニーは完全に拗ねてしまい、というよりも目に涙を溜めて、傷ついてしまい、困り果てた。
女の子にとって、髪の毛の美しさというのは重大だ。

それは私だってそう。
私だってそうなんだ。

黒くて太い自分の髪が嫌いだった。
綿毛のようにふわふわしたジェニーの髪は、可愛らしく、本当に好きだった。だから頭にきた。
「何よ、ジェニーだってふわふわの金髪なんだからいいじゃない!私はどっちにだってなりたいわよ!それに私は何にも言ってない。いつまでもウジウジしないで!」
と怒ってしまった。

その日はそのままケンカ別れしてしまった。
次の日の約束もしていない。

気まずかった。
明日謝りに行くか、でもこれ以上何を言えばいいのか、と悩んだ。

翌日、昼ごはんを食べてなんとなく外に出ると、ジェニーが立っていた。
ちょっとしょんぼりしたような、気まずそうな顔をしていた。私もきっと同じ顔をしていたと思う。
なぜか手には髪ブラシを持っている。

「いつも梳かしてないから、いけないのかもしれない。ちょっとやってみて」
と私に渡した。
可笑しくて、可愛かった。
私はジェニーの髪を梳かしながら(が、細くてふわふわの髪は子どもでは太刀打ちできない。絡まる)綿毛の感触を楽しみ、「本当にふわふわで可愛くて、いい髪だね」と言い、彼女も私の髪を梳かし、「私もまっすぐな髪の毛になりたかったなー。黒だってあなたに似合ってるよ」と言ってくれた。

コンプレックスを分け合う、という感じなのか、心に触れ合ったというのか。
そのとき、グッと友達になれた気がした。

#美しい髪 #エッセイ #体験談 #子どもの頃の思い出


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