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救いも呪いもすべてはこの身体の中




雨の日は命が重い。

こんなときは、この命に住まう天使と獣の存在を強く感じる。天使はふとんから出られず、獣はいつにも増してグルグルと唸り、ぐるぐると歩き回っている。

私はふとんを天使の肩まで覆うようにかけなおす。獣にはおいしいものを分け与え、全部低気圧のせいだからしょうがないよ、となだめる。獣が落ち着いたらふとんを持ち上げ、天使の隣へいざなった。天使と獣のあいだにもちもちしたぬいぐるみを置く。二人が眠ったら、私はようやく生活に戻る。

生まれたときにはすでに持たされていた剣は持ち上げられず、しかたがないから引きずりながら家を出る。いつもは簡単に振り上げられるのにな。

「死にたい」と毎日強く願っていた頃、この命はほとんど獣に食われていた。

天使があれやりたいこれやってみたいと指さすのを黙らせ、進むべき道はそちらではないと言い聞かせつづける日々。そのたびに天使がつくため息を食べた獣は、日に日に大きくなり、いつの間にか手に負えなくなった。天使はやがて何も言わなくなり、ふとんにこもり、自力で立つことすらできなくなった。

その頃から剣が重い。重すぎる。
この道は正しいはずではないのか?

一日中寝ている天使にいくら薬を与えど、その目に輝きは戻らない。天使すら喰らおうとする獣に鎖をつけ、檻に閉じこめる。ひとりで戦いに出る。だが剣がとにかく重い。まともに戦えず、傷だらけで帰る。その繰り返し。

自分は何のために生きているのか?

やがて自分の喉元にその重い剣を突き立てた。だが獣が鎖を断ち切り、檻を突き破ってまで自分のもとに駆け寄り、その剣を弾き飛ばしてしまった。その瞬間にふとんの中の天使と目が合う。

ようやく気づく。人生から喜びや楽しみを奪っていたのも自分。怒りや悲しみを蔑ろにしていたのも自分。天使も、獣も、自分そのものだった。

この命に宿る天使と獣。その二つは自分と同じ姿をしている。だと言うのに、どちらが天使でどちらが獣か、不思議なくらいはっきりとわかる。わかるはずだ。

だが、自分自身から目を背けつづけると、やがてどちらがどちらかわからなくなる。そうなったら命の均衡が崩れる。すると天使が苦しそうに寝込む。そして獣は命を食う。喜びや楽しみは感じられず、怒りと悲しみに飲まれる。自分が、壊れる。

いつか天使は言っていた。君は解放者だよ。でも、その“解放”の意味を「破壊」とするか「救済」とするかは、君自身が決めることだよ。

思い出す。天使と手を繋ぎ、自由に飛び回っていた時間を。まだ小さかった獣を抱いてふとんにもぐりこんだ夜を。

もともと私たちに特別な使命など課されちゃいないのに、いつのまにか人生の意味に囚われ、理由を問うようになってはいなかったか。天使とは遊ばなくなり、獣からは無理にでも距離を取ろうとしてはいなかったか。天使も獣も、まごうことなき自分であるというのに。

美しく輝く過去にしがみつこうと、救世主の姿をした誰かに縋ろうと、成功者によって甘く飾られた言葉を摂取しつづけようと、その果てでこの命に残るものはがらんどうだけだ。だって私が私自身を赦せないのならば、あなたがあなた自身を赦せないのならば、どんな救いもまやかしにすらならないのだから。

この手に握られた剣を、己さえ破滅に導かんとする凶刃とするか、獣をも力に変えて未来を切り開いていく光の剣とするか。どちらにしなければならないと定められてはいない。どちらかにしなければならないわけでもない。いくら血にまみれて歩んできたとしても、私たちは決めることができる。

目を覚ますと、今日はよく晴れている。天使が氷の入ったグラスにコーヒーと牛乳を注ぎながら、どのくらいの割合が一番自分にとっておいしいのか試行錯誤している。獣は大きく伸びをして、ぬいぐるみを抱きしめ、二度寝を決めこんでいる。ふとんを抜け出して剣を持ってみると、自由自在に振れるぐらいには軽くなったようだ。

でも、今日は戦いじゃなくて、散歩がしたいな。


ほかでもない自分が、まず自分自身の救済者となれ。

喜怒哀楽すべてを抱きしめ、自分が幸福になることを赦してあげて。























折本配布のお知らせ

皆さん無事に生活していますか?春のあたたかさがやってきたと思ったらまた冬の寒さに襲われたり、どうにも難しい日々。体も心も調子を崩しやすい時期になってきたから、どうか気をつけてくださいね。

さて、ただいまコンビニのマルチコピー機の「ネットワークプリント」を使い、上記の文章と写真から抜粋して作った折本を配布しております。カバンの中や手帳のあいだに潜ませて、心を鎮めたいときや一息入れたいときなどにパッと開いてみてはいかがでしょうか。


折本とは?

一枚の紙をカンタンに折りたたんで作る本のこと。A4サイズの紙の片面だけに全ページを印刷し、皆さんの手でちょっと切り折りしていただくだけで小さな冊子が完成します。



ネットワークプリントの利用方法

お近くのコンビニにあるマルチコピー機をご利用ください。A4サイズのカラー片面印刷で1枚60円(こちらは印刷代で、私の収益にはなりません)。フチ・余白・ちょっと小さめ設定は「なし」推奨です。

配布期限が一週間程度となっているので、ご希望の方はお早めに!


◇セブンイレブン
予約番号:65945619
(2024/03/03 23:59まで)
利用法はこちら↓


◇ローソン・ファミリーマート
ユーザー番号:HLWB99BJW5
(2024/03/04 17時頃まで)
利用法はこちら↓


折り方

一か所だけカッターで切れ込みをいれる必要アリです。


月報

先月ろくに働いていなかった分、今月からよく働いている。バレンタイン前の三連休には見知らぬ子どもたちと触れあうアルバイトをした。子どもの目線に合わせて低い位置で手を振ると、ハイタッチしてくれる子がけっこういてかわいい。

自分で作った肉うどんおあげ付き

正直子どもの相手をするのはまったく得意じゃないのだけど、以前よりはだいぶマシになってきたかもしれない。かと言って子どもを産みたいかと問われれば答えは否のまま、ずっと変わらないけれど。「自分で産んだ子どもはかわいいもんだよ」と言う人が少なからずいる。もしもそれが普遍的な真実ならば、この社会に虐待もネグレクトも存在しないだろうに。

この命はたった一本の道を前に進み続けることしかできない。子どもを産んだ人が、その現実をなかったことにして子どもを産まなかった人生を選びなおすことはできない。つまり、子どもを産んだほうが幸せか、それとも産まないほうが幸せか、なんて厳正な比較はできないのだ。考えるべきは、正解がどちらなのかではなく、今まさに選ぼうとしている道を正解にできるかどうか。


今月のプレイリスト

あらき / Dead End Salvation

ゴスペラーズ / Fly me to the disco ball

ポルノグラフィティ / テーマソング



   

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良いんですか?ではありがたく頂戴いたします。