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『歌壇』2021年9月号(2)

⑥中津昌子「平成に逝きし歌びとたち 永井陽子」〈永井が角川短歌賞候補に推された時に、選考委員の前川佐美雄がその口語の新鮮さを評価した(…)俵万智が口語を駆使した作品で角川短歌賞を取る十五年前のことだった。〉前川佐美雄が評価していたのか。もっと知られてもいいことだ。

 また中津は岡井隆が永井陽子の一首について「音楽記号∫(フォルテ)が入っているという意味で、のちに若者たちの#や♭を入れたいわゆる記号短歌が出現するのを、先駆的に予言した一首かもしれない」と述べたことを紹介している。先駆的、だけではなく、嚆矢に近いのではないか。

 また、もう一つ、岡井の指摘として、永井が早くから、意味を持つ言葉をオノマトペとして扱っていたことが挙げられている。きっちり岡井隆に指摘されてたんだなあ。中津のこの論を読んで、改めて永井陽子の先駆性を思った。

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊

丈高き斥候(ものみ)のやうな貌(かほ)をして∫(フォルテ)が杉に凭(もた)れてゐるぞ

死にたくてならぬひと日が暮れてのち手に掬ふ飴色の金魚を 永井陽子 

中津の三十首選より。私性を出さない歌と出した歌の差がすごい。

お互ひの不幸を祈りあふやうに梅雨の晴れ間をすれちがひたり 寺井龍哉 「お互ひ」のどちらかは主体なのだろう。相手も自分の不幸を祈っていたかどうかは分からない。けれどもそう思い込むほどに主体の感情は強かった。強過ぎる時には相手が自分の感情の鏡になってしまうのだ。

2021.10.7.~8.Twitterより編集再掲