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ユウコさん

「うんと嫌な相手がいるときはねぇ、そのひとに恋をしちゃえばいいのよ」
呪いのような愚痴をひとしきりこぼしたわたしを見て、ころころと笑ったそのひとは、わたしの憧れの女性だった。

「恋、ですか」
「そう、恋よ、恋」

彼女の名前は、ユウコさんといった。
年齢はわたしの十五個上で、とても背が低い。
肌は真っ白で、目じりに跳ねたアイライナーの黒がよく映える。
ずっと歳上なのに、あいくるしくて、やんちゃな子犬のようなひとだった。

「たとえばねぇ、嫌なことばかり言ってくる会社の上司とか」

家族、友人、恋人、仕事。
嫌なことがあるたびに、わたしはユウコさんを訪ねた。
ユウコさんはいつだって、少し呆れたような顔をしながら「こんなところにくるなんて、ばかねぇ」と迎えてくれる。

「ケンカちゅうの恋人とか……それから、嫌なお客さまとか!」

話しはじめるとき、ユウコさんはきまってタバコに火をつける。
ひといきに話して、それから呼吸をするようにタバコに口をつけるのだ。
ユウコさんが笑いながらフゥッと吐きだすタバコの煙で、部屋が真っ白にくもっていく。

「嫌だと思うとねぇ、嫌になるようなところばかりが目に入っちゃうのよ。ますます、嫌いになっちゃうの。だからね、恋をするように自分をだますの」
「だます?」
「そうよお。恋愛なんて、しあわせな錯覚みたいなものでしょう」
「錯覚……ですか」

あ、また。
ユウコさんが、タバコに口をつけて、すうっと吸い込む。

「すきなひとのことを考えるとき、きらいなところだっていとおしくなるときがあるでしょう。わたしはこのひとがすき。だいすきなの、って思いこんでみるの」
「きらいなひとを?」
「そうよお。うんとすきになったふりをするの」
「それって、変わりますか」
「変わるのは、自分の気の持ちようだけれどね。けれどね、恋をしているふりっていうのは、男のひとには効くわよう」

ユウコさんの周りには、いつも男のひとがいた。
不思議な光景だった。
ワガモノガオで隣に座るわけでもなく、男のひとはみなユウコさんを大切にした。
ユウコさんもまた、とてもいとおしそうに笑って答えるのだ。

「だって、自分のことをうんとすきでいてくれる女を、悪いようにはしない
のよ、男のひとって」

ユウコさんは、けっして男のひとには媚びなかった。
けれど、うんとあいしていた。あいしていたから、あいされたのだ。

圧倒的なひと。やさしくて、うつくしくて、誰よりもしたたかなひと。
わたしと話すときでさえ、とてもいとおしそうに話すのだから、彼女にはかなわない。
いつか、彼女に届くだろうか。
切り離せない人間関係に思い悩んだとき、わたしはいまもユウコさんの丸っこい横顔と、真っ白に部屋をくもらせたタバコのにおいを思い出すのだ。

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