見出し画像

【読書記録】夏物語/川上未映子

はじめに

今回紹介するのは川上未映子さんの長編小説「夏物語」。
読了したのは去年の6月頃ですでに半年以上前なのだけど、未だにこの小説の余韻が強くある。心にずっと残りながら、主人公たちが自分の中で生き続けている感覚がある。それだけ自分にとって強烈な小説だったということもあって、今更ながら感想をまとめていきたいと思う。

描かれていること

※書籍の裏表紙に記載されている内容紹介程度のことだけ触れます。
主人公は"夏子"という女性。物語は二部構成になっており、第一部では2008年(30歳)のエピソード、第二部では2016年(38歳)~2019年(41歳)のエピソードが描かれている。
自分の子どもに会いたいけれど、理由があって性行為が難しい主人公。模索する中で精子提供という手段を知り、情報収集をはじめる。精子提供によって生まれたという"逢沢"という男性に出会い、"夏子"の考えは怯む。そしてまた考えを重ね、ひとつの答えを出していく。
川上未映子さんの芥川賞受賞作『乳と卵』を再度語り直し、続編を描いた内容になるそうです。(私は『乳と卵』読んでないです。)

印象深かったこと

・主人公が小説家であること。第一部では全く日の当たらないネット小説家のような立ち位置だった夏子が第二部では大きく立場が変わり、経済状況の変化とともに、妊娠出産への思いや現実味のようなものが加わっていくのが面白いと思った。経済力の変化とその心境・環境の変化がとてもリアルで生々しいと思った。また、子どもが欲しいと思う夏子に対して、ある人から子どもを持てば平凡な感受性になり、今のような鋭い小説は書けなくなると非難されているのも印象的だった。

・主人公たちが関西弁であることも印象的だった。私自身も関西弁を話すのだけど、関西弁は活字にしたときに不思議な読みにくさがあると感じていた。だけど、この小説はこの関西弁が本当にいい味を出していて、ひとつの正解を見たように思う。すごく人間味があって、生活風景が色濃くにじみ出てきて、登場人物が自分の身内のような感覚さえ持ってしまう。

・"善百合子"という登場人物がいるのだけど、この人は反出生主義の考え方をしている。子どもが欲しいという夏子の思いを大きく揺るがす存在だった。反出生主義と聞くと、ちょっと過激な偏った思想なのではないかと身構えてしまうけれどそうではないことを彼女の存在が教えてくれる。自分が辛い人生を送って来たから、自分のエゴで子を作り、同じような犠牲者を生み出すことを考えられないという考えで、なんて優しいんだろうと思った。そして私もこういう考え方になること、意外とよくあるよなと思った。たとえば、町中で親が子どもに酷い言葉を浴びせている場面に出くわすと、「そんなひどいことを言うのなら、あなたが産まなければ良かったのに」と心底思ったりする。親を非難したくなる。きっとこれは私が子どもを産んだことが無いから想像力に欠ける発想なのかもしれないけど、それでも理不尽に傷つけられる子どもは可哀そうだと思うし、見ているだけで胸が痛む。"善百合子"と"夏子"の会話からは色々と考えさせられるものがあった。

・この小説全体を通して、妊娠・出産によって女性が経験するであろう代償についてが世間の声という形ですべて詰め込まれているように思う。妊娠出産を経験した女性本人が悩むこと、そして周りが抱える悩み、綺麗で健やかだけじゃない、どろどろとした感情もすべて網羅されていると思った。だからこそ、人が人を生み出すとはどういうことなのか、その凄味と苦みを体中で感じる一冊だったと思う。女性だけじゃなく、男性がこの本を読んでどう思ったのかもぜひ知りたいところ。

さいごに

このnoteを書こうと思ったきっかけのひとつに、岸田首相が同性婚制度の導入をめぐる討論の場で同性婚を認めない旨の発言をしたことがある。ネットではこれに対して賛否両論の意見が飛び交っており、私も興味深くこの事態を眺めていた。
私自身は同性婚に完全に賛成だ。好意のある者同士が生活を共にすること、それが社会として認められていること、この権利は異性者同士であっても同性者同士であっても平等に認められるべきだと信じて疑わないからだ。
岸田首相は「(同性婚を認めると)社会が変わってしまう」と発言をした。私はこのことがとても引っかかった。どうしてそこまで拒絶するような発言をするのか。単純にその思考に至るまでの背景を知りたいと思った。(岸田首相は後日、この発言について「議論まで否定しているとか、決してネガティブなことを言っているのではない」と言っている。)
ネットの憶測の中で「同性婚を危惧するのは、現状としては同性カップルによる出産・育児でのトラブルが多いから」ではないかというコメントを見つけた。それを見た時に頭を過ったのがこの「夏物語」だった。
「夏物語」は同性婚の話ではないけれど、精子バンクや代理出産について触れられているので、今一度読み返したいと思った。

私自身が現在28歳で、妊娠出産の話題に対して強く関心を持つようになった。私の中にあるたくさんの迷いを、この本は言語化してくれたし、支えてくれたと思っている。ぜひ色んな人に読んでもらいたいなと思う一冊です。

#読書感想文


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?