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君のためにひたすら生きたよ

赤ちゃんのいる人生が始まった。

気づけば新生児期が過ぎ、1ヶ月健診も無事に終えた。

かつてこんなに濃厚な1ヶ月があっただろうか。
あっという間だったような、でも必死のあまり毎分毎秒で息が詰まっていたような。

出産を終えて身体に日常が戻ってきた。
大きく膨らんでいたお腹はぺったんこになった。
胎動を感じることもなくなった。
もう二度とあの感覚を味わえないと思うと寂しさが込み上げる。

妊婦生活はいつも心に余裕がなくて気づかなかったけど、またとない時間を生きていたんだなと今更ながら思う。
体調を崩したりできないことが増えたりして色んな場面で人に謝ってばかりの期間だったけど、もっと楽しめば良かったなあ。

とはいえやっと赤ちゃんに出会えたのだ。
エコーでは曖昧だった顔をやっと見ることが出来た。
声を聞くことが出来た。
ずっとずっと会いたかったんだよ。
病室ですやすや眠る赤ちゃんに何度語りかけたことか。


1ヶ月健診でひととおり診察を終えたあと、ずっと担当してくれていた先生に感謝の手紙を渡した。
退院した時から手紙を書こうと決めていたけど、いざ自宅での育児がはじまると思いのほか時間がなく健診の当日にやっと書き終えられた。

無事に新生児期を乗り越え、手紙を渡せたからか今は気持ちが晴れ晴れしている。

新生児はまるで妖精のような存在だった。
神秘的で、脆弱で、でも泣き声は力強くて。
生命が光っていた。
ただひたすらに眩しかった。

この1ヶ月を振り返ると、自宅や病院にたくさんの思い出が散らばっている。

よその赤ちゃんよりも体が小さくて心配だったこと。
ずっと病院で診てもらいたいぐらい育児が不安だったこと。
眠っている赤ちゃんが息をしているか不安で仕方なかったこと。
育児の正解の無さに困惑したこと。
赤ちゃんがあまりに泣き続けるので真夜中に病院に相談したこと。
生理的微笑が見られるとたまらなく嬉しい気持ちになったこと。
赤ちゃんのほっぺが桃のようで可愛かったこと。
足をバタバタ動かすのが可愛くて何度も撮影したこと。
沐浴用のベビーバスが日に日に狭くなって成長を実感したこと。
授乳が難しくて悩んだこと。
赤ちゃんが泣いている姿を見るのが精神的に辛かったこと。
この子が1日泣かない日はいつ来るんだろう、と途方に暮れたこと。
洗い物が多く手が荒れて赤切れ寸前になったこと。
助産師さんや保健師さんという存在がとても有り難かったこと。
心がしんどい時は医療の力に頼るのも手だと分かったこと。

まだまだ書き切れないくらい色とりどりの感情や気づきに溢れた1ヶ月だった。
私の人生を本にするなら、子どもが生まれた時点で新しい章に移るんだろうなと思う。

その一方で自分のことや周りのことが手付かずの1ヶ月でもあった。
自分の好きなことをする時間。
自己研鑽をする時間。
夫とふたりリラックスして過ごす時間。
当たり前にあったそんな時間とかけ離れてしまった。

泣いている赤ちゃんを泣き止むまであやし、定期的にオムツを替え、3時間おきに授乳や搾乳をして、寝かしつけて駄目ならまた抱っこをして。
家事は睡眠時間を削らないと出来ず、自身の食事を忘れそうになるほど赤ちゃんのお世話しかできなかった。
気づけばいつも部屋が散らかっていて、台所のシンクには洗い物が積み上がっている。
ゴミを出しに外へ出たり、スーパーに買い物に行くことが息抜きになるほどだった。
世間でどんなニュースがあったとか、新しくインプットした事項は非常に少なかった。

これからも働き続けないと生きていけないのだから、何か勉強しないとという気持ちはあるのに何も出来なかった。
いつになったらそういう時間を作れるのかも分からず、堪らなく不安になった。
(机に向かって手紙を書くことでさえ、至難の業だったのだから。)
育休後にブランクを埋められる自分でいないと、そう思うと焦りで辛くなった。

そんな気持ちを市の保健師さんが自宅訪問してくれた時に正直に話してみた。
保健師さんは穏やかな顔でこう答えた。
「そんな風に思わなくていいんです。
赤ちゃんという命を1ヶ月間育てた、それってとても根気のいることであなたにしか出来ないことです。
そのおかげで赤ちゃんはこんなにぷくぷくと可愛く育ってる。
だから何も頑張っていないわけでは決してないです。
むしろここまで頑張ったことを誇りに思ってくださいね」

そう言われると肩の力が抜けて、この1ヶ月間の丸ごとすべてを肯定したいと思った。

赤ちゃんのために頭や手を動かし、たくさん戸惑い、体も心もへとへとになったけどそれが嬉しかったりもした。
君を守るために何が出来るかずっと考え込んで時間を使い果たしただけで、私も私を生きていた。
君のためにひたすら生きたよ。
人生に加えられたそんな1ページを愛しく思う。

これからも日々と思い出が積み重なっていく喜びを噛み締められる人間でありたい。

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