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昼下がりの救急車

とある昼下がり。
赤ちゃんが大きな声で泣き始めた。
私の腕の中で腕と足をめいいっぱいジタバタさせている。
呼びかける声など掻き消してしまう勢いで喚き散らす。

ごめんね。
ごめんね。
どうしてほしいのか、分かってあげられなくて。
こちらまで涙が溢れる。
でも母親である私まで泣いている場合ではない。
冷静に状況を整理してみる。

おむつは替えた。
抱っこも色々な態勢でやってみた。
服を少し脱がせてこもった熱を逃してみた。
さっきまでおっぱいは飲んでた。そして少し吐きこぼしてた。
眠たいけど寝れない?
どうしちゃったんだろう。

あれこれ試しても赤ちゃんは落ち着かず、声は大きくなるばかり。
泣きすぎて過呼吸気味になる始末。

吐きこぼしていたのが気になるけれど、苦肉の策でミルクを作ることにした。
赤ちゃんの泣き声を聞くのが辛くて、缶から粉ミルクを計量する手が震えている。
焦るあまりミルクの温度調整が上手くいかず、いつもより手間取っている。
そんなこんなで出来たミルクを、赤ちゃんは待ってましたとばかりに物凄い勢いで飲みはじめた。
空気までたくさんたくさん飲み込んでいく。

ミルクを必死に飲んでいる赤ちゃんの顔をじっと見てみた。
まつ毛の先に綺麗な涙が溜まっている。
表情はまだ険しくて、でも何も考えていないようにも見える。
ミルクを飲んでいる間は泣き声を出さないのでこちらも少し平静を取り戻す。

観察しているうちに赤ちゃんはパタっとミルクを飲むのをやめた。
哺乳瓶にはまだまだミルクが残っているので少量しか飲んでいない様子。
それでも、さっきまでの様子が嘘のように眠りに落ちている。

赤ちゃんが求めていたものが結局何だったのか、よく分からなかった。
でも涙が止まったことが嬉しくて、赤ちゃんを抱きしめる力を少し強めた。

これからちょっとずつ頑張るからね、疲れさせてごめんね。
そんな気持ちを私の体温が届けてくれることを願った。

そんな時、窓の外から救急車の音が聞こえた。
誰かが緊急事態なんだ。
胸が一気にざわついて、心が冷え込んでいくのが分かる。

どうか無事でありますように。
こんなアパートの一室からは状況も何も分からないけれど、みんな誰かの大切な人だということを出産で学んだから祈るのだった。
みんなが穏やかに幸せに過ごせますようにと途方もなく祈るのだった。

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