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手術

11月も半ば、気づけば師走はすぐそこである。
季節もそうだが、我が年齢を見るにも店じまいにむけて刻々と時が刻まれている。

下半期、2回手術をした。
四十路らしいなと思う反面、突然やってきた手術の二文字に内心戦々恐々、チキンなハートが悲鳴を上げていた。

病気というものは今突然そこに現れるのではなく、徐々に、徐々に悪化していくものなのだと否応なしに気づかされたのだった。

1回で終わると思った手術が、2回である。
間隔で言うと、1回目が治りかけた1月後に第2弾がやってきた。
1回目の部位は5時、2回目は10時。

もとはといえば妊娠出産における過程で形成された疾患であった。
妊婦にありがちな便秘および出産のいきみからの脱肛。
産後しばらくしてうっ血も落ち着き、もはやそれらについてすっかり忘れていたここ数年であった。

排便について配慮を怠っていたといえば、そうなのである。
数日出なくてもさして気にせずすごすうち、便は固くなり、そのうち出血するようになった。・・・と同時に排便時に脱肛のようになる。
はじめは手で戻せたのだ。
気になって近所のファミリークリニックに行った。
そこは痔専門ではなかったけれども消化器科も内診してくれるとのことで、診察してくれた。とくに外痔核になっているわけではなかったから座薬を処方され、しばらくそれで様子を見ることに。

だいぶよくなった。治ると人間、もう薬はいらんと思うもので、座薬がなくなった後はそのまま放置していた。
そして今年の5月に転職をした。座り仕事から立ち仕事に転じた。引き継ぎもあるため、しばらくダブルワーク。ストレスも過多である。

おやおや、話が違うぞと言わんばかりに、落ち着いていたはずのおしり、急激に異変が生じてきた。

外痔核の誕生である。

手で戻してもまた出てくる。
うっ血して痛い。痛い。痛い。
夜も眠れず、頭がどうかしそうになっていた。

直感で、これは内科云々で解決できる代物では無い!!と判断。
県内の痔専門の名医をググったところ、車で行ける範囲に発見。
すぐさま予約し受診。

側臥位で医師の診察を待つ私。
「これ痛そうねえ、、、」とは、我が患部を見ての看護師さんの一言。
数多くの疾患を目撃してらっしゃるでしょうに、この言葉に私は心底ほっとした・・・痛えんですよ!!わかっていただけて!!私はうれしい!!

そして、ほんとにすがる思いでたどり着いた名医は本当に名医でした。

名医「薬で様子も見れるけど、切ります?薬は再発する場合もある」
私「切ればもう痛くないですよね?」
名医「うん。じゃ切りましょう。今日あいてます?」
私「!?今これからですか??」
名医「そう。条件がそろってるからできるよ。同意書これです」
手渡されたのは外痔核の日帰り手術の同意書であった。

まさか初診のその日に即手術とは予想だにしていなかった。あっと驚く為五郎である。
呆然としながら書類に目を通し、しかし手元に現金が無い。
看護師さん「3万あれば足ります。お手持ち無いようでしたら、出て道路向こうにコンビニとATMございますよ」
便利な世の中である。

思えば運がよかった。二の足を踏む間もなく、私はコンビニでお金を下ろし、病院へ行き、諸々の検査をした後、仰臥位のまま硬膜外麻酔をして、局部にキシロカインを打ち、名医がサクッと患部を切除し、めでたく手術は終わったのであった。
もし、今日切る!と言われなかったら・・・私は怖くて手術を断念したかもしれなかったのだから。

そして、術後という言葉がある。
悪さしていた患部は消えたが、切除した部分には深々とした傷があるのだ。
経験無ければご存じないと思うが、術後一週間は地獄であった。排便時の戦慄たるや・・・
特に痛み止めも飲みきった5日目あたりがMAXの痛みと出血。
仏教をたしなんではいるものの、心乱されること甚だしく、ああこれはいい修行になると脂汗をかきながら考えたものだ。

翌日には新しい勤務先で内心ヒイヒイいいながら働いていた。
本来ならば入院する内容の手術だから、つらいのも当たり前だなと思いつつ、なんで転職したばかりの時に肉体的苦痛も上乗せでくるかなあと、己の運命を呪っていた。

おわかりだろうか。
私は2回、手術をした。

排便コントロールがいかに重要かを、このときの私は学んでいなかったのだ。
ほどなく便秘となり、切った部分に隙間ができたせいなのか、はたまた元からそいつらは、いざゆかんと準備をしつつあったのか・・・

悪夢の再来、11時の外痔核の爆誕である。

治ってきていたのである。一回目の手術の傷は。
心晴れやかになりつつあった。
にもかかわらず、その矢先に私は再び名医を訪れた。

名医「・・・これ泊まりだね。今日入院できる?」
前回の手術から一ヶ月後のことだった。

まえは日帰り可能だったのだが、今回は前回よりも悪かったらしい。
しかも硬膜外麻酔がうまく効かなかったのか足りなかったのかなんなのか、切開時痛みが生じた。身を切られる痛みというのは、なんというか、生物としての反射というか、「う、嘘だろ・・・」という絶望を身をもって体感してしまったというか。
名医も察し、速やかに追加のキシロカインは打たれ絶望はその一瞬のみで済んだ。
(患部に直接打つ麻酔の注射もね、痛いんですがおそらくざくざく切る痛みに比べたらたいしたこっちゃ無いですね)

名医は冗談のつもりだったのだろうか。患部見ますか?と言ってくれた。
私は好奇心旺盛なので是非と言った。逆に「え・・・見るの?」みたいな表情で名医は私を見(なんでやねん)、そして切除した部分を銀のトレーに乗せて見せてくれた。
血豆が数個あり、こりゃ痛いはずだと得心したのだった。

今年はこれらのおかげでずいぶんと痛い夏だった。
しかし、さすがは名医。術後両患部とも快癒し、痛みも違和感も全くない。その後の大腸検査においても問題なし。
何か他の厄の代わりに今回の2回の手術があったのだとしたら、すべて取り去ってすっきりといったところだ。

そしてかなりずぼらな私だが、今回の経験を経て一日一回の排便を死守するべく、緑のパッケージのヨーグルトは毎朝、酸化マグネシウムは毎晩一錠必ず飲むようにしている。

今回の記事は備忘録として、また誰かの参考になるようでしたら幸いです。

どうぞ皆さんご自愛ください。

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