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悲しい朝の海鮮丼

訃報


祖父が亡くなった。
うちの家庭は、政府が思い描いているような素敵な家庭とは程遠く、
父とは私がまだ実家にいた頃から別居状態。
家族なんて理由もなく会ったり会話してよいものだとは思うけれども、父とは会う理由も、話すことも見つからないため、10年以上会っていなかった。
そんなに長い歳月にはなるけれど、父と母は離婚はしていなく、1年に1度位は会っていたようだった。(母は生活費をもらっているからね)

亡くなったのは、父方の祖父だ。

どちらかというと私は、これもよくあることかとは思うけれども母方の祖父母と親しくしていて、父方の祖父とは疎遠であった。(祖母は幼い頃にすでに他界している)
それが父と別居してからは、母が嫌悪していることもあってずっと会っていなかった。

そんな時、急に祖父の訃報が届けられたのだ。
元々大動脈瘤が出来ていて、手術を拒否しているため長くはないと、母経由でなんとなく聞いていた。
こんなに疎遠にはなっていたけれど、通夜、告別式に出席するのは当然のように感じられ、私は父に10年ぶりに連絡を取り、出席の旨を手短に伝えた。
母に出席する旨を伝えると、「別に出席する必要ないよ」と言われた。
成人している子供に向かって、こちらの意思を尊重することなく自分の希望を伝えてくる母に無性に腹が立った。父が可哀そうだった。

通夜の日

通夜当日、朝のうちに会社に行って急ぎの仕事を終わらせ、新大阪行きの新幹線に飛び乗る。向こうに住んでいる弟とは難波で待ち合わせ、一緒に会場である祖父の自宅へと向かった。
最寄り駅に着くと、土砂降りでタクシーには長蛇の列ができていた。
仕方なく歩いていくと、やはり10年前とは町の様子が全く違う。時間の流れが否応なしに感じられて愕然とした。
長屋づくりの文化住宅が立ち並んだ町であったのに、今は小綺麗な新興住宅地となっている。
若干迷子になりつつも、祖父の家までようやくたどり着いた。
祖父の家は全く変わらず、古い昔のままであった。

扉を開くと、10年ぶりに会う父が迎えてくれた。
「よう来てくれたな」
憔悴しているかと思っていたが、存外明るくて拍子抜けした。また、表面上とはいえ、なんのわだかまりもなく接することができそうなことに私は
ほっとした。大人なのである。
家族葬ということもあり、親族と近所の人2人のみであったため、形式なんて全くなかった。とにかく、各々のタイミングでお焼香をしておしまい。
正直、悲しいのかよくわからなかった。

そのあとは、出前で取っていたお鮨を親族と一緒に食べた。
父は喪主として完璧な挨拶をして、愛想よく参列者と会話をした。
父親が亡くなったあとというのに取り乱すこともない。すごいなぁと私は感心していた。10年会っていなくとも、私だったらそんなことはできる気がしない。
「食べて」とせっつかれるので、お寿司を頬張りつつも会話に愛想笑いをして過ごしていた。

かち、かち、かち。

ふと音がしていることに気づいた。
かち、かちとずっと鳴りやまない。何だろうと思い、音のする法を不意とみると、犯人は父であった。
指をずっと爪で弾いているようだった。
それは父が、いらいらしている時にする癖であった。
私はなんだか泣きたくなった。

帰り際、父は私に交通費をくれた。
父のお財布には、お札がぎっしりと詰まっていた。
私たちが一緒に暮らしていたころには、こんなことはなかった。

その日は弟の住んでいるマンションに泊めてもらった。
家に着くと弟は、私にこう宣言した。

「明日は、早起きして近所の市場で海鮮丼を食べる。叩き起こすからな。」


土砂降りの朝

5時30分に起床した。
外は土砂降り。
めんどくさいという感情が湧いてまわぬよう何も考えずに着換えて外に出る。
今日は告別式だ。
その前に海鮮丼ってどうなんだ…?とも思うけれど、弟の気持ちはとてもよく分かったため、私はそのままついていくことにした。
既に列ができている。
あきらめて帰り、コンビニでパンを買うこともできたのだが、何故だかもうよくわからない、決してゆるがぬ決意のもと、1時間半ほど並んでいた。

ようやく店内にたどり着き、いただいた海鮮丼がこちら。

海老の顔が可愛い

とにかくおいしかった。
つやつやに輝く脂の適度に乗ったお刺身たち。
ウニってこんなに甘いんだ…。と瓶詰ミョウバン漬けのウニしか食べたことがない私は感動した。
おいしかった。
おいしかったけれども、何故か食べたことの記憶自体は曖昧だった。
それよりも、お会計時。
「4000円です」
朝ごはんに4000円…セレブだ…。割り勘だろうと背後の弟を振り返ると、姿が見えない。ハッとして店の外を見ると、弟が雨の中笑顔でこちらに手を振っていた。

あんちくしょう。

禍根を残しつつ、告別式に向かった。


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